舞台裏③
ぐすぐす鳴る鼻をすすって、俺は彼が淹れてくれた茶を飲んだ。温まる。おいしい。少しだけ、気分が凪いだような気がした。
目の前のハイトさんは優しく微笑みを作っていたが──その表情は昨日までになかった安堵が確かに滲んでいる。
「……でも、記憶だけでよかったです」
「いいわけないよ」
ぴしゃりと切られる。形の良い眉の間には深い皴ができている。
「記憶を全部消すなんて、人殺しみたいなもんだ」
「そこまでですか」
「だってそうだろう。その人が今まで築いてきたものを全部消すんだ。……そいつの勝手な都合で」
そう言われれば、そうなのかもしれない。それでも命を奪われるよりは、マシだったと思うのだ。だってそうでなければ、こうしてハイトさんとまた会うことも叶わなかったのだから。夢だって叶えられない。不幸中の幸いだ。
「それに、大方──今回の犯人がわかってきた」
苛立ちを滲ませて。無骨な指が、とんとんと小刻みにテーブルを叩く。
「……だから、ごたごたに巻き込まれるのは嫌なんだ。周りにも迷惑をかけやがって」
苦々しく呟く。俺は何も、言葉をかけられなかった。
犯人をおびき寄せるべく短時間で簡単な策を練った俺たちは──リディアンさんの協力を得て、実行に移したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます