舞台裏③

 ぐすぐす鳴る鼻をすすって、俺は彼が淹れてくれた茶を飲んだ。温まる。おいしい。少しだけ、気分が凪いだような気がした。

 目の前のハイトさんは優しく微笑みを作っていたが──その表情は昨日までになかった安堵が確かに滲んでいる。


「……でも、記憶だけでよかったです」


「いいわけないよ」


 ぴしゃりと切られる。形の良い眉の間には深い皴ができている。


「記憶を全部消すなんて、人殺しみたいなもんだ」


「そこまでですか」


「だってそうだろう。その人が今まで築いてきたものを全部消すんだ。……そいつの勝手な都合で」


 そう言われれば、そうなのかもしれない。それでも命を奪われるよりは、マシだったと思うのだ。だってそうでなければ、こうしてハイトさんとまた会うことも叶わなかったのだから。夢だって叶えられない。不幸中の幸いだ。


「それに、大方──今回の犯人がわかってきた」


 苛立ちを滲ませて。無骨な指が、とんとんと小刻みにテーブルを叩く。


「……だから、ごたごたに巻き込まれるのは嫌なんだ。周りにも迷惑をかけやがって」


 苦々しく呟く。俺は何も、言葉をかけられなかった。


 犯人をおびき寄せるべく短時間で簡単な策を練った俺たちは──リディアンさんの協力を得て、実行に移したのだった。

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