一段落

 そうして、現在に至る。

 犯人はもう抵抗をする気を無くしたのか、リディアンさんに担がれていた。


 ハイトさんが俺を見つけてへらりと笑う。


「話術で吐かせようかと思ったけど、無理だね。ムカついちゃった」


「お前にしては珍しいな」


 いやあ、と笑って言葉を濁した。遠くからであまりよくは聞こえなかったが、確かに散々馬鹿にしていたような雰囲気は感じ取れた。大方、俺のことも馬鹿にしていたのだろう。実際、英雄だった人間の下に魔力もないちんちくりんがいればそうもなるだろう。


「それじゃあ、こいつは責任持って王都に運んでやる」


「どうするんですか、その人」


「王都の騎士団とも繋がりがあるんでな。上手いこと事を運んでおく」


 さすがだ。また尊敬できるポイントが増えていく。突然、ハイトさんが懐から小瓶を取り出し、軽い力でリディアンさんへと投げた。難なく受け止め、瓶の上からよく効くだろう嗅覚を使って匂いを嗅いでいる。


「リディアン、これあげる。使ってね」


「……一応聞くが、なんだ」


「なにって、自白剤だよ。──煮るなり焼くなり、好きにしな」


 背筋に冷たいものが走った。声や表情から、温度が失われたように思えたが──それはきっと木のせいだ。そう、自分に言い聞かせた。


「……わかった。坊主、なんか不調があったらすぐにこいつに言え。俺もすぐに来る」


 格好いい。頭を撫でられ、はい、と返事をする。ふっと笑ってから、彼は場を後にしたのだった。



 遠くなっていく背中を見送る。


「ごめんね。俺のせいだ」


 ふと、隣から聞こえた声。ハイトさんのものだ。いつになくしおらしい響きに、ぎょっとしてしまう。

 それに、なんと言った。俺のせいだって言ったのか?


「……何が、ですか」


 視線を伏せて、手は強く握り拳を作っていた。言動に余すことなく後悔を滲ませて、唇を開く。


「キミが嫌がるから、なんて言ったせいだ。そのせいで標的にされたんだ」


 呆気に取られる。一拍置いて、その意味を理解して。全身から力が抜けてしまいそうだった。あまりにも、それが的外れで。


「……あのねえ」


 どうしても声に呆れが出てしまうのは許してもらいたい。 


「そう言ったとしても貴方のせいなわけないでしょうが。やったのはあの人なんですから、俺がハイトさんを責めるのはお門違いもいいとこです」


 もちろん、ハイトさんが自分自身を責めることも。


 本当に。いつも飄々としていて図太いのに。変なところでしおらしくて、難しい人で。……そこが、いじらしくもある。この人も、こんな風に自分を責めるんだ。


「逆に、記憶を無くして良かったです。やっぱり貴方が俺に感動を与えてくれた人だって、再認識できたから」


 これで、少しは元気を出してくれるだろうか。しかし──数秒待っても、返事が無い。

 それどころか、顔を覆ってしゃがんでしまった。


「……大丈夫すか」


「ダイジョウブ」


 とは思えないような声だけれど。


「……そろそろ帰りますね。親が心配するし」


 踵を返そうとしたとき、手首を掴まれる。夕陽の茜にハイトさんは顔を染めて、やけに真剣な顔で口を開いた。


「……送るから」


「……え、いいんですか? でももうあの人捕まったし……」


「なにがあるかわかんないでしょ」


 押し切られるまま、手を掴んで道を歩く。痛くはないけれど、どうして掴んだままなのだろう。


「……あのさ、感動を与えてくれたって言ったけど、俺にとっては……」


「……はい」


「……ヤッパナンデモナイ……」


「なんすかそれ」


 するりと手が離される。引っ張っておいてそれはないだろう。雑な口調で責めれば、うう、と間抜けな声が返ってきた。

 いろいろ、本当にいろいろあったが──なにはともあれ、一安心だ。緩んだ頬をそのままに、彼の隣に並んで歩く。久々の感覚に、なんだかまた涙が滲んだけれど、必死に隠した。

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