正体は?
とんとん、と材料を刻む音が響く。
あれから、一晩寝ることでハイトさんと普通に接することはできた。きっと慣れない言葉に動揺しただけなのだ。ああよかったと胸を撫で下ろして、こうして日々を過ごしている。
今日もお客さんは来ない。店に並べる用のポーションを作っているわけでは無い。本を読んで、作ってみたくなったポーションを試作しているのだ。材料は自由に使っていいとハイトさんが言ってくれたため、その好意に甘えている。
今では、回復ポーションも滞りなく作れるようにはなった。もちろん、魔力を入れる前段階までだけれど。自分の進歩を感じられて、微かな喜びで胸が弾む。
「おじさん、異世界から来たんだよね」
「へえ」
そっか。
あ、ちょっと大きめに切りすぎた。まあ良しとしよう。後ろから「え」と素っ頓狂な声が聞こえる。
「……驚かないの?」
「ハイトさん、飄々としてますし。なんか掴みどころない不思議な人ですし、そう言われても驚かないです」
正直、彼の素性は俺がいくら探ってもわからないものだと思っていた。端からそう感じたために探ったことは無い。だから、こうして明かされたことですとんと腑に落ちたくらいには。ミステリアスなこの人ならば有り得るだろう。
振り向けば、ハイトさんは目を丸くしていた。
「驚いた方が良かったですか?」
「別にそういう反応を求めてたわけじゃないけど、なんか癪だな」
面白くなさそうな色を孕んだ瞳がこちらをじっと見つめている。どうやら彼の求めていたリアクションではなかったようだ。
「じゃあどんな反応が欲しいですか?」
首を軽くかしげて問いかける。
「ええ? いや、もうちょーっと興味を持って欲しいって言うか……」
興味が全く無い、わけではないけれど。意外性がそれほど無かったというだけで。
宙に視線を投げ考えていると、ハイトさんがまた言葉を続ける。
「異世界人だよ? 希少だよ? 素材として売ったら大儲けするかもよ?」
「なんなんですかそのアピール」
予想外の言葉に、思わず眉根が寄った。それこそ異世界人だなんて、魔力の無い俺がそうだったように研究所から欲しがられる人材の可能性は高い。彼の言うように、後ろ暗い組織にとっては素材としてうってつけなのかもしれない。
だからって、自分からそれを勧めるか。
「一生遊んで暮らせるくらいのお金がもらえるかもしれないのに?」
そんなに売られたいのか。……だとしても。
「貴方を売るわけないでしょ」
「……なんで?」
なんでって。心底不思議そうな双眸。言わなければ、この人には伝わらないらしい。
「俺にとっては異世界人ってことよりも、拾ってくれた人ってことの方が大事ですから」
「……ふーん。変な奴だね、キミ」
「やかましいな。普通でしょこんなの」
「……なんか今日あたり強くない? 泣きそう」
嘘つけ。じっと見つめれば、えーん、なんて下手な泣き真似が始まった。この人が叩く軽口は本当に嘘だとわかりやすい。隠す気も無いのかもしれないけれど。
「そもそもね」
不満をたっぷり滲ませた声を発し、眉根を寄せる。
「そこまで恩知らずだと思われてたことが心外です」
「リクくん……優しいねえ。泣きそう」
また出た。こちらは不満を前面に押し出しているのに、当の本人は全くぴんと来ていないようだ。本当に、いちいち茶化さないと気が済まないのか。
「それ嘘くさいからやめた方がいいですよ」
「……異世界から来たのは信じるのに?」
「まあ……人柄ですかね」
「ええ……」
台に頬杖をついたまま、彼はまた口を開く。しゃんとしていれば顔が整っているのに台無しだ。平生は胡散臭さが邪魔をしているけど。
「そんなの信じるなら、おじさんが世界で一番強い魔法使いでしたーとか、わるーい魔王でしたーとか言っても信じちゃうんじゃないの?」
「……ハイトさんならあるかもしれないしなあ」
「本当になんだと思われてるの?」
不服そうな表情に溜飲が下がる。魔王はさすがに傷つく、なんてぶつくさ言っている。だって、ハイトさんは自分のことなんてろくに明かさないから、何を言われても有り得てしまう気がするのだ。
気分が良くなって。姿勢を戻し材料を刻む手を動かしながら、俺は思わず笑っていた。
こうやって、少しずつでも彼がどんな人か知れていくのはちょっと嬉しい。手を切らないように視線を落として、作業を続ける。
「大体、そんなことしてお金なんか貰っても嬉しくないです。貴方が俺に与えてくれた居場所と夢の方が、よっぽど価値がある」
言ってから、我に返る。
……あれ。俺、今なんか、流れですごいことを口走らなかったか。ともすれば、熱烈な告白のような言葉を並べ立てたような。
へえ、いつもより素直だねー、なんて言ってにやにや笑ってそうだ。ぎぎ、と音が鳴りそうなほどぎこちなく。恐る恐る後ろを振り向くと──俺に向けられていたのは、揶揄うような薄ら笑いなどではなく。当の本人は、目を丸くして口元を押さえていた。
笑いをこらえている──わけではないようだ。
「…………あー、えっと。そう、なんだ」
頬がうっすら色づいている。初めて見る表情だった。
……俺も、顔に熱が集まってきた。なんか、妙に気恥しい。なんとも言えない空気が流れて、耐えきれず口を開く。
「……なんですか、その反応。おちょくらないんですか」
「……うん、いや……ちょっと、予想外だったから……」
なんだ。なんなんだ、いったい!
空を飛んだときは俺がいないと生きていけない、なんて甘ったるいセリフを吐いておきながら!
叫びだしたくなって、なんとか感情を必死に抑え込んだ。この人だって大概人を照れさせているのに、自覚がないからひとりで空回りしてしまう。ふう、と息をつく。変になってしまった空気を払拭させるため、どこか挙動が不審なハイトさんへ唇を開く。
「別に、興味が無いわけじゃないですし」
へ。間抜けな声が彼の口から飛び出す。
「気が向いたらでいいので、いつか教えてください。貴方がどんなところから来たのか、知りたいです」
恥じらいが残った笑顔のまま、ハイトさんにそう言えば。彼も顔を赤らめたまま、「……うん」と、いつになく消え入りそうな声で呟いたのだった。
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