たまのご褒美

「おはようございまーす」


 そして、5年が経った頃。俺は20歳を迎えたが、やはりというか──魔法は使えないままだった。ショックは少しはあったが、心の準備はできていた。だから、ポーション屋の手伝いにいっそう力を入れることへと頭を切り替えられたのだ。今では護身用の短剣片手に、ひとりで採集にも行けるようになった。未だに魔物には出会っていない。


 血反吐を吐くほど勉強した。実際吐いた。とは言っても──それは、魔力のこもったキノコをひと口齧ったせいだ。勉強をする最中、ひとつの仮説を思いついたのだ。魔力を口から取り込めば自分の体に蓄積していき、魔法を使えるようになるのでは、と。

 結果的に、「ゔぉえ!!」と血とともに胃の中を盛大に吐き戻すことになった。仮説は大外れだった。そもそも食用ではなかったらしい。フォールハイトさんにはハチャメチャに叱られた。



「ハイトさん、魔力お願いします」


「うい」


 のそのそと、あくびをしながら歩み寄ってくるフォールハイトさん──この店の主だ。名前が長くて呼びづらいので、いつの間にかこんな呼び方になっていた。


「おりゃ」


 気の抜けた声とともに、鍋に魔力を込めていく。そうするうちに──きらきらと控えめな黄金色の光が辺りを舞う。成功の証だ。この人が失敗している様は一度も見たことがない。


 掛け声はちょっと、格好がつかないけれど。彼が魔法を使う時間は、何度見ても飽きない。


 いつ見ても新鮮に、初めて見るもののように見入ってしまうのだ。本当に、綺麗だ。奇跡のような瞬間を見られるのは、ポーション屋の手伝いの特権だ。ここで働けていることを何度感謝したことだろう。


 窓を見れば、外はとうに日が暮れて。夜の帳が落ちていた。星や月が、遠い空で微かに煌めいている。こんな遅くまで残ったのは久しぶりだ。そろそろ道具なんかを片して帰る準備を始めよう。

 片づけをしながら、軽く掃除をしていたハイトさんの背中へ声をかけた。それは、ふと気になった些細な疑問で。


「ハイトさんって、あまり魔法使わないですよね」


「うん? まあ、ポーションに魔力入れるときくらいしか確かに使わないね」


 やっぱり、それくらいにしか使っていないらしい。魔力があるのだから、様々な場面で使って生活を楽にしてもいいのに。そうしないのは物好きなのか、それすらも億劫なのか。なんにせよ変わった人だ。

 だからこそ、魔力を入れるときの特別感が際立って、それを眺めているこちらの気分も高揚するのだけれど。


 考えるような素振りを見せて、彼は眦を下げた。


「じゃあ、頑張ってるキミにご褒美をあげよう」


 もったいぶって、間を開け──


「今日は特別。魔法で好きなのを見せてあげる」


「えっ」


 思わず前のめりになった。


「え、本当ですか。なんでもいいんですか」


「うん。いい、いいんだけど近いな」


 手のひらに収まるほどの可愛らしくも煌めく夜空のような、幻想的な光景を出してもらうとか? いいや、それとも攻撃魔法を打ってもらう? それも見てみたい。全てを叶えてもらうとなると、彼の魔力が枯渇してしまう。善意に甘えすぎるのも良くないだろう。

 そうなると、派手な魔法の方が得なような気も。……この際、何が得なのかはわからないが。


 だけど、いや、やっぱり。


 なにかひとつと言われれば、俺は──



「空を、飛んでみたい」

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