【小話】採集
「ポーションの材料でも採取に行こうか」
本を読んでいた俺の頭上から降った声。店を開けたばかりだというのに、その提案に首を傾げた。
仕度を終え、扉に準備中の札をかける。
「お店はいいんですか」
「いいのいいの。どうせお客さん来ないし」
言い切った。店主としてどうなんだ。
あれから、確かにかなりの低頻度でお客さんがこの店を訪れた。しかも誰も彼も一見さんなどではなく、高名な魔法使いや俗に言うエリートと呼ばれる人たち。もしかして、そういった人々のネットワークの中では有名な店なのだろうか。そう考えれば、数少ない来客数でも経営が破綻しないことにも納得がいく。
そんな店で働く俺も、否が応でもそういう人々と繋がりができていく。……いや、それは自惚れすぎだ。フォールハイトさんはともかく、たかが一従業員など向こうからすれば印象にも残らないか。会話はすれど、覚えられているかどうかはわからない。もしそうなら栄誉なことだ。
外は木々の隙間から木漏れ日が差し込み、微かな風が吹いている。散歩や採集をするには絶好の天気だった。なんなら昼食を持ってきてここで食べたのなら、より心地よい気分になっただろう。
目の前で小動物が横切る。頬を緩ませていると、小道を歩きながら彼が口を開いた。
「ここの森でもいっぱい採れるものはあるよ。どんなのがあるか言える?」
「えっと……癒し草は採れますよね。それくらいしか知らないかな……」
何度か実際に見かけたことがある。後は……正直、わからない。街の方からフォールハイトさんのお店まで、まっすぐ通っていたために探索したことはないのだ。あまり目立ったものも自生していなかったので、それくらいしか言えなかった。
「うんうん。賢い子だなぁ」
だけど、誉め言葉を口にしてくれた。胸がくすぐったい。
彼はそれじゃ、と言いながら、小道を突然するりと逸れた。背の高い生垣の間をすり抜けた彼の後を何とかついて行くと──そこは、開けた空間だった。
「群生地がここね。覚えておくといいよ」
紫やピンク、様々な花々が風を受けて歌うように揺れている。他に目を配れば、背の低い樹に生っている、鮮やかな可愛らしい木の実。樹の影にひっそりと隠れているキノコ。見たことの無い植物が集まっている。これが全部、ポーションの材料になるのだろう。……夢みたいだ。
その中に、見覚えのある色。大ぶりな、オレンジ色のカサを持ったキノコだ。
「あ、あれ……あのとき使った……」
「そう。太陽茸」
この森にも生えていたのか。
太陽の光を受けて大きく育ったそれ。初めての調合の思い出が脳裏をよぎって、胸が温かくなった。ルーカスは元気だろうか。怪我や病気なんかしていないといいのだが。
「あのときの調合はお見事だったね。惚れ惚れする手腕だったなぁ」
「フォールハイトさんが教えてくれたからです。俺は言われた通りにしただけで」
「そう? 確かに指導役が優秀なのはあるけど」
謙遜も何もないな。それでこそフォールハイトさんという感じもするけれど。
「じゃ、ちゃっちゃと採集しちゃおうか。採りすぎない程度にね」
彼の言葉を皮切りに、不足している材料を確認し。ふたりで、作業へと移った。どれもこれも綺麗で、経験は新鮮で。後で本で調べよう、なんて荷物と共に増えていく宿題に、心が抑えようもなく弾んだ。
あらかた採集も進み、一息をついたとき。伸びをして腰を軽く叩いていたフォールハイトさんが、ふと口を開いた。
「お手伝いはどう? 慣れた?」
「はい。大したことはできてないですけど……でも、楽しいです」
「立派に役立ってくれてるじゃない」
店の手伝い、というよりは、彼の生活の方を手伝っているような気がするけれど。
勉強もしてはいるが、家事の方がずっと上達した気がする。これも彼のおかげではあるのだが、なんだか腑に落ちない。もう少し生活力を付けて欲しいものだ。
「そういえば──ここから北の都市の方では、珍しいポーションを売ってるお店もあるらしいですよ。面白そうですよね」
訪れたお客さんが言っていた。ここの方が質は良いけれど、物珍しさに時たま訪れるのだとか。一般的なものはもちろん──体が七色に発光したり、声や容姿が変わったり。聞いているだけでワクワクしてくるような物珍しいものまで揃えていて、その都市ではいたずらなんかによく使われるらしい。
「…………そっちの方がいいの?」
少しだけ、面白くなさそうな声。そっちの方がいいって、なにがだろう。飛んできた疑問に首を傾げる。
「珍しいのだったらおじさんも作れるし? それなりに開発もしてるし?」
やたらと張り合ってきている、ような。
あれ。まさか、この人──
「……嫉妬してます?」
疑いと共に聞けば、体は大げさなほどに跳ねた。そのまさかだったらしい。なんだ、結構可愛らしいところもあるんじゃないか。
面白い。体にたまっていた僅かな疲労が吹き飛んで、興味がそちらへとそそられた。二やつきそうな口元をそのままに、同じ質問を投げかける。
「……いや? おじさん、そういうのしないタイプだけど」
「じゃあなんでそんな張り合ってるんですか」
「お客さんもキミも取られたらおじさんひとりぼっちになるでしょ。対抗心が芽生えただけ。それともなに、おじさんを孤独死させる気?」
……なんだ。嫉妬した、というのは俺の思い過ごしだったらしい。飄々として返ってきた言葉に、肩の力が抜ける。なら、肩を跳ねさせることはなかったのだろう。最初から素直にそう言えばいいものを。
「……それだけか……。でもあんな肩跳ねたのは──」
「あ、そうだ!!!」
「うわっうるさ!」
「たまーに、たまーになんだけどね。……他の森とかから魔物が来て、ここの木の実とか食べてるときあるから気を付けてね。人を見ると襲うから」
「え」
言葉を遮ったそれに、体が固まる。嘘だろう。さすがに。……いや、この人のことだから、その裏をかいて本当のことを言っているのかもしれない。
最悪の事態を描く思考が止まらない。もしも今、ゴブリンやオークなんかが押し寄せてきたら。応戦することもできず間違いなく死ぬ。
にっこりと形の良い笑みを浮かべる彼の腕を取って強く引っ張った。
「帰りましょう早く!! 今すぐ!」
「いたたたたたたた、引っ張りすぎ、痛いって、そんなに怖い?」
当たり前だろう!!
叫ぶこともできず、予定よりも早く俺たちは岐路についたのだった。初めて彼の執着心が見えた気がしたのだが──いつか、そういうところも知れたらいいな、と思う。リディアンさんに宣言したように、ゆっくりでも彼を知っていきたい。
それから、しばらくして。フォールハイトさんは、やたらと突飛な効果を持つポーションを作るのにハマってしまった。
「どうこれ。飲むと全員ニワトリに見えるポーション。声も全部鳴き声に聞こえちゃう! 効果は保証するよ。買わない?」
「そうか、すごいな。それを飲めばお前の戯言が聞こえなくなると思うと魅力的だ」
「でしょ。……え?」
「はい、もうやめましょう!」
リディアンさんの言葉にダメージを負ったらしく、そこから頻繁に作ることは無くなった。正直迷走し始めていたので助かった。
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