談笑

 そうして俺は、一から順を追って説明した。

 魔力が無かったこと。進路など様々なことを考慮し絶望に陥っていたそのとき、この店の主であるフォールハイトさんが手を差し伸べてくれたこと。そうして拾われ、この店を手伝うことになったこと。


 事の顛末を聞いた彼は、魔力が無いということを聞いて目を丸くしていたが、特段狼狽はしていないようだった。尾は興味津々といった様子でゆらゆら揺れていたが、それだけ。

 あまり他人には魔力に関して言わないようにはしている。フォールハイトさんと面識がある人ならば、下手に言いふらしたりはしないだろうと思ったのだ。


「なんというか……お前も若いのに苦労してるな」


 いやあ、と首を振った。実際、大した苦労はしていない。フォールハイトさんもそうだし、両親も、友人だってそうだ。周りに恵まれているおかげで、俺は異端扱いされることもなくこうして何とかなっているのだから。


「リディアンさんは、フォールハイトさんといつから面識があるんですか?」


「……なんやかんやで、数年にはなるか」


 少し考えた素振りを見せてから、口を開く。その長さに俺は目を丸くした。


「昔からのお付き合いだったりするんですか? お店ができる前からのご友人とか……」


 いいや、と低い声。


「この店に通ってるだけだ。あくまで客としてしか接してない」


 じゃあ、数年もこの店はここにあったのか。……本当に、フォールハイトさんはいつこの森に来たのか疑問だ。そんな長い間、街の誰にも知られていなかったなんて奇跡にも近い。それとも何人かは知っているが、隠れ家的な存在として愛されているとか?


「…………そっかあ、なんか……本当に謎が多い人だな……」


「だろう、詳しいことは俺も知らん。なんでこんなとこに店を構えてるのか、ろくに客もいないのにどうして続けられるのか」


 お客さんにとっても、彼に関しては謎に包まれているらしい。



「それでも、お前はいいのか?」



 静かな声色で尋ねられる。一見、変わらない口調で。しかし確かにそこに含まれる先ほどまでには無かった色に、思考の中から現実へと引き戻された。

 いいって、なにがだろう。疑問で頭がいっぱいになって、ただ黙ってリディアンさんの顔を見つめる。


「お前はそれでいいのか。あんな怪しい奴のこと、信頼できるのか?」


 試すような瞳が、こちらを真っ直ぐ見据える。


 ああ、そういえば幼馴染にも同じようなことを問われたっけ。ぼんやりと頭のどこかでそんなことを思い出す。我ながら呑気なものだ。

 ただ、ルーカスとは違って、感情的ではなく冷静に。俺がどのような人間なのか、この質問を通すことで探ろうとしているようだった。何故だろう。単なる興味本位かもしれない。


 理由はなんであれ、質問の正解はわからない。取り繕ったところで、別に何が起きるわけでもないだろう。俺が面白みもないただのつまらない人間だとバレたところで、貴重なポーションを売るこのお店の理由を止めるとは考えられないし。


 だったら、素直に答えればいい。それだけだ。


「確かに何も知らないです。──手放しで信頼できるかって言われたら、ちょっと悩むくらいには」


 フォールハイトさんは、己のことを明かさない。不信感まで行かなくとも、疑問が尽きることはない。

 だけど、別にいいのだ。


 口元を緩ませれば、彼は面食らったように瞬いた。


「これから知っていけばいいんですから。気まぐれでもなんでもいい──俺を拾ってくれたあの人を心から信頼できる日まで。俺はここに居たいんです」


 まあ、一番は少しでもお返しがしたいから居るんですけど。


 なんて、やっぱり格好つけすぎだったかもしれない。言葉を続け、気恥ずかしさを笑ってごまかす。だけど、紛れもない本心だった。

 リディアンさんはというと。カップの水面に目を落としたかと思うと、なにか逡巡しているようで。名を呼んでみれば、ぽつりと言葉を漏らす。


「……そう、か」


 またひとつ、茶を口に運ぶ。答えに満足してくれただろうか。


「できたよ~。いやあ、頑張っちゃった」


 問答と共に、調合も丁度終わったようだった。

 フォールハイトさんが肩を回し、のんびりした調子で俺たちの近くへ歩み寄る。その手には透明な瓶が握られ、中でピンク色の液体がちゃぷと躍った。


「ふたりはどう? 仲良くなれた?」


「ああ。……いい従業員を雇ったな。羨ましいくらいだ」


「でしょ、取らないでよ。おじさんがいろいろ教えて面倒見てるんだから」


 軽口に、リディアンさんは口元を緩ませる。


「そうか。リク、こいつに嫌気がさしたらいつでも来い」


「取らないでって聞いてた?」


 そんなことを言わなくとも、ただの冗談だろう。だけど部外者だった俺が混ざれるのは素直にうれしくて、頬が緩んでしまう。

 否定はせず笑って返したリディアンさんは立ち上がって、ぽんと俺の頭に手を置いた。……少し硬めの毛が触れて、何とも言えない心地よさを覚える。


「同じものを取りにまた来る。次は、一か月後にでも。今度は手土産でも持ってくるさ」


「ならお菓子がいいな」


 そう言ったかと思うと、ぐう、と大きな音。フォールハイトさんのお腹からだ。目頭を押えた。お菓子がいいって、お腹が空いてるからじゃないか。


「ああもう……フォールハイトさん、朝ご飯は?」


「食べてない……面倒だったから……」


 目を離したらすぐこれだ。食事もろくにとりやしない。昼は共にしているから食べているのは確認できるが、朝もきちんととってほしいものだ。溜息を何とか飲み込んで、バツの悪そうな顔をする彼へ口を開いた。


「……朝ごはんの代わり作りますから、座っててください。……簡単なものしか作れませんからね!」


 実力がある人だって見直したのに。こういうとこはやっぱりだらしない!


「……どっちが面倒見られてんだ」


 そんな間抜けなやりとりをする俺たちを前にして、とうとう噴き出したように。呆れ交じりにリディアンさんは笑ったのだった。


 ***


 「今度は期限に間に合わなくてもいいぞ。お前が作っている間、リクが相手をしてくれるからな」


 「……あの短時間でそんな気に入ったの? すごいな、あの子……」

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