初めての接客

 落ちたのは、気まずい沈黙。どうにかして間を持たせないといけない焦燥に駆られて、お客さんへ口を開く。


「ええ、と……お客様は……」


「リディアンだ。堅苦しいのは得意じゃない、名前でいい」


 リディアンさんというのか。格好いい名前だ。

 軽く頭を下げてから、対面の椅子へと腰を下ろす。


「じゃあ……リディアンさん。よろしくお願いします、ここお邪魔しますね」


 ああ、と低い声が返ってくる。ぎこちなくなってしまう動作でなんとか腰を下ろした。

 確か、約束のポーションとやらを取りに来たのだっけ。2か月前から頼んでいたようだけれど、何を頼んだのだろう。


「リディアンさんは、今日は何を頼まれたんですか? 冒険に使うポーションとかだったり……?」


 問いかければ、彼はふっと頬を緩ませた。


「よく勘違いされるんだ、王都の方で施療師をしてる」


 施療師。外傷や病気を患った人々を、回復魔法で治療する仕事だ。かなりの魔力量も必要なうえ、人を癒すという花形のような役割でもあるため人気の高い職業だと聞いたことがある。

 精悍な見た目からして冒険者かと思っていたが──予想は大きく外れた。


「……王都で……? え、すげ……」


「っふは、そんな大層なもんじゃないさ」


 思わず漏れた率直な感想に、目を細めて彼は笑う。謙遜にも程がある。将来の職業として憧れを抱いている子どもも少なくないそれ。試験は実技学科ともに厳しく、王都ではなおさら狭き門だと小耳に挟んだことがあるのだから。


「だって王都で施療師って……希望する人はすっごく多いけど、実際なれるのはひと握りだって聞きましたよ」


「そんな厳しく選り好みしてるから、慢性的に人手不足なんだ」


 誇ることもなく、静かな顔でカップを口へ運ぶ。その姿はまさに威厳や風格のある大人の手本のようで、彼を見る目が輝いていくのが自分でもわかった。なんて、格好いいんだ。

 回復魔法も使ってみたかった俺にとって、彼の存在もまた憧れの的だった。……今はもう叶わない夢だけれど、暗いことばかり考えて後ろ向きになっていても進まない。


「ここ最近、冒険者の負傷が多くてな。仕事が増えてかなわんから、魔力が回復する効果もある栄養剤を頼んであった」


「栄養剤……都では売ってなかったりするんですか?」


「ああ。ここの店主が考案したものらしいからな。他じゃ無い」


 オリジナルのポーションも売っているのか。道理でリディアンさんもわざわざ王都から足を運ぶわけだ。しかも頼んであったということは、何度もリピートするほどに効果があるのだろう。

 感嘆のため息が漏れた。

 俺が想像しているよりも──フォールハイトさんは、ずっとすごい人なのかもしれない。だらしない面はあっても、その実力は推し量れないほどに。そんなことを考えていると、店の奥の方をリディアンさんは顎でしゃくった。


「酔狂な奴だろ。こんな人も来ないようなとこで店をやろうなんざ、普通のやつなら思わん」


「まあ……変わってはいますね」


「なんでんな奴の手伝いなんかしてんだ」


 当然の質問だった。そりゃあ、聞かれるだろう。だけど、俺はその答えを用意していなくて。言葉に詰まる。たっぷりと、間を置いてから。


「……ええと、その……」



 いろいろあって、拾われまして。



 何から話せばいいかわからずに。端折ってそれだけを言うと──案の定、何を言ってんだこいつは、と言いたげな瞳が向けられた。

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