道は違えど

 扉から顔を覗かせたのは、案の定ルーカスだった。帰ってきてくれた。わかってはいても、安堵の溜息をつく。


「ルーカス!」


 ここを飛び出したときよりも、どこか清々しい表情だった。まるでなにか、ふっきれたような。だけど俺と目が合うと、思いつめた色が浮かぶ。

 床へ視線を伏せて、「いきなり飛び出して、ごめん」と小さな声で謝罪を口にした。


「いろいろ、考えたんだ」


「うん」


 頷いて、続きを促す。言い淀むような素振りを見せたが──とうとう覚悟を決めたように視線を上げて、俺の瞳を見つめ。重い口を開いたのだった。


「…………俺、自分のことしか見えてなかった。もしリクを守れなかったら──死んだらって思ったら、……すごく、怖くなって……」


 自分の服の端を、固く握りしめている。鮮やかな琥珀色の髪と、伏せた長い睫毛がふるりと小さく震えた。瞳には、僅かな戸惑い。それと、怖れ。森の中、ひとりで己を見つめなおしたのだろう。フォールハイトさんの言葉を、真剣に受け止めたのだろう。


「前から考えてはいたんだろ」


「……だけど、やっぱり覚悟はできてなかった。悔しいけど、あの人の言う通りだ。考えが甘かったんだ」


 些細な言い方ひとつ。だけど、フォールハイトさんへの態度も柔らかくなっているのが感じ取れた。眦が下がる。心なしか、声色からも刺々しさは無くなっているように思える。

 いじらしさに、胸がくすぐられるような感覚を覚えた。


「真剣に思ってくれたんだな。それだけで十分だよ」


 笑って抱きしめる。息をのむ音。一拍置いて、おずおずと手が回された。ず、と鼻をすする音と、赤らんでいた目元には今は触れないことにした。……なんだか俺も、熱がこみ上げてきてしまう。根性の別れではないとわかってはいても。別れのときが来なければいい、なんて思ってしまった。ずっと一緒に居たいけど、それはお互いのためにならない。

 口惜しさを覚えながら、腕に少しだけ力を込めた。


 そうして、しばらくが経った頃。互いに赤い目元を見て笑い。目元を擦ってから言葉を紡ぐ。


「俺はここで手伝いをするよ。たまに来てくれたら、嬉しいな」


「あとお得意さんになってくれたら尚更」


 口を挟まずにいてくれたフォールハイトさんが、おどけた様子でそう言った。本当に、適度な距離感をわかってくれている人だ。気恥ずかしい空気が和む。


「……また、リクに会いに来る。得意先の話は、ポーションの出来次第で考えてやる」


「言うねえ。なら、テスターあげる。治癒ポーションだから、怪我した時にでも使いな」


 ほら、と促されて、手渡してくれたそれを差し出す。半透明のポーションが煌めく。いざ渡すとなると、なんだか妙な感情が生まれて。完成した直後は膨らんでいた自信が急速に萎んでいってしまった。迷惑ではないだろうか、押しつけがましくはないだろうか。そんな思いが、ぐるぐると頭の中を巡る。


「……俺が初めて調合したから、あまり効き目は無いかもしれないけど……」


「……リク、が?」


「監修と魔力込めるのはおじさんがしたし、代わりに保証するよ」


 ぽんと軽く背を叩かれる。勇気づけられるようだ。

 そうだ。手伝ってくれた彼の厚意を無駄にするわけにはいかない。


 彼の顔を凛と見据えて。息をひとつ飲んでから、唇を開いた。


「でも、本当は使って欲しくないんだ。危険になる前に逃げろよ。……絶対死ぬな、約束だからな」


 ルーカスは口を開きかけて──眉を下げ、くしゃりと泣き出しそうな笑顔を作った。瓶を受け取り、自身の胸へと抱き。そうして目を数秒閉じてから。ゆるり、柔らかな笑みを浮かべ、フォールハイトさんへと向き直る。


「……あんたにも、迷惑をかけた。悪かった。……リクをよろしく頼む」


「はーい。リクくんのためにも、いろいろと気をつけてよ」


 出口の前で、俺たちは改めて顔を合わせた。


「明日、旅に出る。もう準備はできているから、明け方には出発するよ」


「どこへ行くの?」


「ここから一番近い都だな。冒険者ギルドはそこにしかないから」


 もう一度、抱き合った。


「無事でな。無理はしないで」


「お前こそ」


 名残惜しさを振り払って、離れる。そうすると、ルーカスは微笑を浮かべて。振り返ることもなく、店を後にした。

 後ろで見ていたフォールハイトさんが、静かに呟く。


「あの子、あれ使わないだろうね」


「……なら、嬉しいな」


「勿体ないもん」


 それは俺が作ったから、だろうか。怪我をしたら遠慮せずに使って欲しいが──それを嬉しく感じてしまうのだからしょうがない。


「実際ポーションによっちゃ、強く念じる工程もあるんだよ。回復ポーションだと聞いたことはないけれど……今回はそれが効いたかもね。普通のものよりも、効果があるのが見てわかったから」


「……っはは、そうですかね」


 その言葉が、嘘でもいい。俺のために気を遣った方便でもいいのだ。

 込めた想いが、彼の旅路を明るく照らしてくれますように。祈りの形をしたそれが、ほんの少しでも役に立ってくれますように。

 願うことしかできない自分が歯がゆいけれど──ルーカスとまた出会えたその日には。今よりもたくさんのポーションを作れるようになっていよう。今日贈ったものだけじゃなく、もっと役に立つものも渡せるように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る