調合
「調合、ですか」
頷く彼に、奥の部屋へと連れられる。すぐ傍に鎮座するのは、いつもフォールハイトさんが調合に使っている大きな鍋だ。
近くの台で、俺は簡単な講習のようなものを受けていた。目の前に一冊の本が広げられる。いつもの気怠げな調子を崩さず、彼は文章を指でなぞりながら教えてくれる。
「いいかい。回復系のポーションは、ベースが癒し草になる。まあ、森にはよく生えてるよね」
この森にも自生しているのを何度か見た。名もない草だとばかり思っていたが、ポーションの材料になることなどここに来るまで全く知らなかった。野草なんて少しも触れてこなかったからだ。
自然が豊かな環境で、日光をたっぷり受けることで育つようだ。本で何度も頻出してきたのを覚えている。
「あとはキノコを入れるんだ。何を回復したいかによって、ここで何を入れるかが変わる」
「キノコを、入れる……」
「そう。一時的に減った魔力を即時回復したいのなら月光茸、傷を癒し体力を回復したいのなら太陽茸。基本的にはこのふたつ」
聞き覚えがある。それも確か、本で読んだことがあるはずだ。
「あ──本で、見たやつかな。月が出てる夜にしか採取できないのと、太陽が出てるときにしか取れないやつですよね」
「お、優秀だねぇ。その通り」
満足そうにフォールハイトさんは笑う。そうして、「どっちがいい?」と静かな声で問いかけた。
魔力か、体力か。どちらもルーカスの役には立つだろうが、俺が贈りたいものは──
「……体力の方かな。怪我をしても、すぐ逃げられるようになって欲しいから」
あの幼馴染は、昔からよく怪我をする子どもだった。それに、無茶をしやすい性格だ。引き際がわからなくなって、大怪我を負ってしまっても。そうでなくとも、すぐに回復して逃げて欲しい。
「はは。優しいね、うん……いい選択だと思うよ」
彼が棚を弄って、こちらへ楽しそうな笑みを向ける。
「ここで問題でーす。太陽茸はどっちだ」
フォールハイトさんが棚から取りだしたのは、オレンジ色のかさを持つ大ぶりなキノコと、真っ白な細身のキノコ。これはわかる問題だ。はい、と存外大きな声が出てしまう。
「そっちです!」
その見た目は名前と結びつきやすい。太陽茸はオレンジ色のかさが特徴的だった。月光茸は青白い月光を受けるから白く育つ。
「正解。じゃ、材料を刻もうか」
ポーションを作る者ならば初歩中の初歩の問題だろうが、解けたことは素直に嬉しい。
その他にもいくつか材料を取りだして、初めての調合に取り掛かったのだった。
調合は、料理をするのと似ている。分量を量って、刻んで、たまにすりつぶしたりして。手順や量を間違えなければ、失敗はしないのだと本に書いてあった。
隣に立つ彼に指導をしてもらいながら進める。なんだか遠い昔に、母の料理の手伝いをしたことを思い出した。
「……う、なんかこれで合ってるのか不安ですけど大丈夫ですか……?」
「信用してよ。確かに途中の色とかはヤバいけど」
草特有の深い緑色と、他の材料が混ざってよくわからない色になっている。なんなら匂いも失敗の予感しか感じさせない。
手順通りなんだよな、これ。フォールハイトさんもこう言っていることだし、途中も「うんうん」「いいね」「その調子」なんて何度か言ってくれていた。間違っているとは思えない。
「最後に魔力を入れたら完成だからね。それまではどうなっても慌てないこと」
──それじゃ、最後の工程。
静かな声で改まったように言うと、彼は俺の手をとった。そのまま、鍋の少し上へと持っていかれる。
「手を翳す。キミが彼を想えば、より効力のあるポーションができるはずだよ」
……そんな手順があるのか。
「……気持ち的なのも、効果あるんですか?」
「まあまあ。こういうのは気持ちが大事なんだって。ほら、料理とかでも言うでしょ? 愛情が一番のスパイス、みたいなの」
確かに、そうかもしれない。そういうところもちょっと似ている。
言われるがまま、手を翳す。目を瞑って祈った。
ルーカスが、夢を叶えられますように。ここを出ていっても、いつかまた会えますように。立派になっても俺のことを忘れないでいてくれますように。
──なによりも、無事でいられますように。
ふと、俺の手の上に、フォールハイトさんの手が重ねられる。ぼう、と温かい感触。ああ、きっと魔力を注いでいるのだ。言われずとも、感じ取る。
数秒であったかもしれないし、数分だったかもしれない。ふと、フォールハイトさんの僅かに掠れた声がした。
「目を開けてご覧」
言葉に従って、映った視界に目を丸くした。
先程までのおどろおどろしい色は影もなく、透き通った赤色の美しい液体が鍋の中を満たしている。気づけば匂いだって不快感は全く無い。なによりそこに煌めく、黄金色の光。控えめに周りを彩るように輝いている。本でも読んだ。これは──
「成功だね」
そう──成功の証だ。
「前提の調合がちゃんとできてなきゃ、いくら魔力があっても成功はしないよ。キミが作った、初めてのポーションだね」
彼の言葉に、感動で胸が打ち震える。俺が、作ったんだ。手助けをしてもらいながらでも、魔力はフォールハイトさん頼りでも。初めてきちんと調合ができた。強い感情が込み上げて、体の中が熱くなった。
「さ、手を洗ったら瓶に移そう。ルーカスくんが持ち運べるように」
「っはい!」
移し替えの作業では神経を使った。ここで零してしまえば全てが台無しだ。冷や汗を背に感じたが、なんとかそれも終えることができた。
窓に目をやれば、もうじき、日が暮れるらしい。家の中を茜色が差している。……そろそろ、ルーカスも戻ってくるだろうか。そう思ったとき。
から、ん。入口の鈴が、控えめに音を奏でた。
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