出会いと希望

 平坦な調子で告げる、男の人の声。視線を上げれば、気怠げな目が俺を見下ろしている。後ろでひとつに縛った暗い栗色の髪はあちらこちらに跳ねて、無精髭が生えていた。

 言葉が出てこず、無言で見つめ返す。


「…………」


「ちょっと、不審者を見る目やめて。人んちの敷地にいるのキミの方だからね」


 そんな目で見たつもりはない。ただちょっと驚いただけで。


 しかし敷地、と言ったのか。何も無い森だとばかり思っていたが、彼の家でもあったのだろうか。それとも、土地として所有しているのか。


「……敷地? 貴方の土地だったんですか、ここ」


「全体じゃないけど。一応ここはウチの敷地内──ほら、あれ。お店あるでしょ」


「……本当だ。こんなとこによく建てましたね」


「おー。結構失礼だね、キミ」


 彼が指をさす先に、確かに店があった。木々の緑に紛れてしまいそうだが、一軒の建物がひっそりとそこに。

 こんなところにお店を建てて、お客さんは来るのだろうか。街の誰かがここの話をしているのを聞いたことがない。ひとりくらい知っていれば、噂にはなりそうなものだが。もしかして、誰も知らないんじゃないのか。


「客はまあ……たまーに来るし。評判は悪くないよ」


 たまになんだ。


 俺の疑問を読み取ったのか、彼が少しだけバツが悪そうに言葉を続ける。

 こんな立地が悪いところに建てればそうなるだろう。客を呼びたいのならもっと街の近くや街中に建てればいいのに。……あまり、目立ちたくない人なのだろうか。なんにせよ変わった人だ。


「あー……ほら、おじさんの店の話はいいから。どうしたのって」



 話を振られて、言葉に詰まる。ひとつ息を吸ってから、口を開いた。


「……俺、今日、魔力を見てもらう日だったんです」


 知られてもいいかと、そう思えた。

 どうせ知らない人だし。この人なら、笑ったり馬鹿にされたりしても別にいい。……いや、多分傷つくけれど。それでもルーカスや両親にそうされるよりは、よっぽどマシだった。


「ああ、じゃあ今日誕生日? 15か、若いねえ。おめでとー」


「え、ああ、ありがとうございます……いや、そうなんですけど、あー……それで、教会で見てもらって……」


 ぱちぱちと拍手をされた。なんか、気が抜ける。自分がどこまで話したのか忘れそうだ。


「思ってたほどの魔力じゃなかった? そういう子多いらしいね」


「……それだったら、まだよかったです」


 膝を、ぎゅうと抱く。



「無かったんです。魔力。少しもない、空っぽだって……」


 神父さんの言葉が、周りの大人たちの反応が頭の中で蘇る。声が次第に震えてくる。


「どうすればいいんだろう。……魔法に関わる仕事がしたかったのに、魔法を使ってみたかったのに、こんなんじゃ、だめだ……」


 ああ、泣きたくないのに。嗚咽をかみ殺す。

 ひとつ零せば、弱音は堰を切ったように飛び出していく。


「そもそも魔法も使えないような奴なんて、誰も拾わないのに──」


 瞬きをすれば、涙が溢れてしまいそうで。顔を膝へ埋めたが、もうバレてしまっているだろう。みっともない泣き顔も、俺のちっぽけな本性も。


 いっそ、消えてしまいたい。


 薄暗い考えに身を任せそうになった、そのとき。


「あー……うちくる?」


「え」


 顔をあげる。ぐしゃぐしゃなはずの俺の顔に笑うこともなく、彼は自身の髪をがし、と乱雑に掻き、また言葉を続けた。


「進路に困ってるなら、手助けはできるよ。給料も出すから」


 あまりにもなんてことないように言うから。ただ、呆然と彼の顔を見つめてしまった。

 どうして。魔力の無い俺なんか置いても、この人にメリットは無いのに。


「おじさんのとこ、お手伝いがちょうど欲しかったんだよね。キミみたいなバカ真面目……いや、優秀そうな子が来てくれるなら嬉しいし」


「今バカ真面目って」


「言ってないよ~」


 言葉とともに軽薄な笑みを浮かべ、ひらりと手を振って返す。


 どうも胡散臭いさが拭いきれない人だけれど──俺を拾ってくれるのならば、好都合だ。

 提案を受けよう。本当に怪しくて危ない仕事ならば、すぐに逃げ出せばいいのだから。俺なんかを拾ってくれる場所なんて、ろくにないだろうし。ここがダメだったら、可能性は絶望的だが──他を探すしかないだろう。


「……ちなみに、なんのお店なんですか?」


 逡巡とともに問いかければ、ぱち、と瞬きが返ってくる。


「ん、言ってなかったっけ? ポーション屋。作ったポーションを売ってるよ」


 え。

 ポーション屋って、言ったのか。


「それ」


 跳ねるように立ち上がる。うお、と驚いたような声があがったけれど、俺は遠慮することもなく彼へ距離を詰めて、眠たげな顔を見上げた。


「魔法、使いますか」


「そりゃあね。魔力込めないと効力のあるポーションにならないし」


 それだって、魔法を扱う仕事じゃないか。


 どんな雑用だっていいと思っていた。この際働けるのなら、後ろ暗い仕事でなければ。それが──なんという奇跡だろう。


 夢みたいだ。泣いていたときとは違う熱が胸の奥から込み上げる。俺にとってあまりに都合が良すぎて、これこそ夢じゃないのか不安になる。

 だけど。絶対にこの機会を逃すわけにはいかない。


「っ是非、手伝わせてください!!」


 声を張る。ゆる、と彼の口角が緩く上がった。


「よし。おじさんの名前は……フォールハイトっていうんだ。よろしくね」


「俺はリクです。よろしくお願いします!!」


 涙はすっかり乾いていた。葉の間から差す太陽の光が、視界の中で眩しく煌めいた。

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