絶望の後の、
水晶玉に手をかざしたままの彼は、気の毒そうにこちらを見た。周りの人々が、ざわめく。困惑したような視線を交わしている。
……今、なんて言った?
「えっ。無いって、……え? 本当に無いんですか!?」
「うん。無い。少ないとか微量とかそういうレベルじゃなくて、本当に無い。空っぽ」
ダメ押しのように言われた言葉で、頭がすうっと冷えていく。目を見開いて愕然とする俺をよそに──周りの大人たちは、困惑と興奮混じりに声を発した。
「初めて見た……希少な存在じゃない!?」
「ええ。逆に国宝として認定されるのでは?」
「面白い。魔法分析研究所で研究対象に……」
わらわらと興味津々といった大人たちに囲まれる。神父さんが、「こら、彼は混乱しているんだよ」とたしなめてくれたが、感謝を言う余裕も無くて。
頭が真っ白になった俺は、たっぷりと間を置いてから。
「……家に帰って、考えます……」
ふらふらとした足取りで、なんとか歩く。がん、と壁に頭をぶつけたが、その痛みも大して気にはならなかった。胸に鉛があるように、気分が酷く沈んでいたから。
気の毒そうな視線がいくつも背中に刺さって、それもまた心を抉った。
しばらく歩いて、教会を出て。──現状に、頭を抱えた。
「まりょくが、ない? え? ゆめ?」
頬をつねる。痛い。現実だ。もう一度涙が出るほど強くつねっても、手をはたいても。やっぱり、ここは夢なんかではなくて。
何かの間違いじゃないのか。ああほら、神父さんが嘘をついていたり。俺を驚かすためとか? ……ありえない。彼がわざわざこんなことでしょうもない嘘をつくメリットがない。俺を驚かして何があるっていうんだ。
かといって、神父さんが間違えるわけもないだろう。街の人々の魔力を昔から見ているのだ。その腕へは皆からの信頼も篤いし、なにより俺だって良い印象しか抱いていない。
考えれば考えるほど最悪の事実が肯定されていく。
つまり。俺は、本当に──魔力が無いのだ。
「えーん……いやもうえーんとかいう泣き方じゃすまないよこれ……」
お先真っ暗、どころではない。今がもう真っ暗すぎる。
親になんて言えばいい。なんてことないように言えたなら、楽だけれど。仮に暴露して、普通に受け止めてくれたとして。そもそも、どうやって生きていけばいいんだ。仕事だって見つかる保証はない。
「……これからどうしよう……」
魔法が関係しない仕事は──この世界にはあまりにも少なすぎる。こうして考えてみても、ひとつも案が浮かばないくらいには。それほど魔法の恩恵を受けて俺たちの生活は成り立っているのだから。
ああ、そうだ。冒険者ギルドの受付とかにしようかな。それなら魔力が無くてもできそうだし。
いや、待て。荒くれ者も少なくないギルドの受付に立ってみろ、俺みたいにひ弱な男はすぐにボコボコにされる。よくよく考えてみれば、なんやかんや受付の人も簡単な護身魔法くらいは身につけているという話も聞いたことがある。
じゃあダメじゃないか。また頭を抱えた。
教会で言われたように、研究所の研究対象になるのは? ……それはあまりにも、辛い。ひとりの人間と言うよりは、希少な生き物のサンプルとして扱われている感じがして。好奇心に満ちた視線に晒され続けるのは、心が壊れてしまいそうだ。
……そもそも俺は、魔法を扱う仕事がしたかったのだ。人よりも魔法への憧れが大きいと自覚している。どんな形であれ、この歳を迎えても自分が使えなかった魔法を傍で感じたかったから。魔法が使えるようになったら、それを駆使して。有名になれずとも、高名な魔法使いになれずとも。立派に生きていけるような人に、なりたかったのに。
ああ。もう、最悪だ。鼻の奥がツンとする。目の奥に熱が込み上げてきた。
視界の奥、幼馴染の姿が見えた。こちらに気がついたらしいルーカスは顔を上げて、駆け寄ってくる。
……そうだ。結果を教えると、約束したんだ。言わないと、いけない。
隣に来た彼は、どこか緊張した面持ちでおずおずと唇を開く。
「リク、どうだった? ……あ、あのさ。お前さえよければ、俺と……」
「魔力無かった」
「は?」
「魔力が、無かった」
「え、それ……ちょ、リク!?」
それだけを吐き捨てて。泣き出しそうな顔を見られたくなくて、隣を早足で駆け抜けた。ルーカスは酷く慌てていたけれど、見ないふりをする。すれ違いざまに、「ごめん」と告げたひとことは、情けなく震えた。
彼が言っていた言葉を聞く余裕も無くて。ただ事実を吐き捨てて、俺はみっともなくその場から逃げ出したのだった。
気がつけば、鬱蒼とした森の中だった。街の外れにある森だ。凶暴な野生生物や魔物は出ないはずだから、危険は無い。
ひとりになるには、うってつけの場所だった。
「……もうダメだ……」
木漏れ日が差す大きな樹木の根元で、膝を抱えて座り込む。俺の胸中とは裏腹に森は酷く長閑で。優しく風が頬を撫で、生命力を感じさせる新緑の葉がさざめいていて。どこからか小鳥の軽やかな歌声が、たまに耳に入ってくる。
自分の醜さが浮き彫りになるようだった。
なんで。どうしてこうなんだろう。微量だっていい、少しでも魔力さえあれば満足だったのに。
憧れだった魔法も使えない。関わることもできない。残酷な事実が、ゆっくりと胸を抉る。絶望が身を蝕んでいく。じわりと視界が歪んだ、そのときだった。
鳥の囀りとともに──聞き慣れない音が頭上から降り注いだ。
「なにしてんの、キミ」
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