第3話

 私のお母さんが亡くなったのは、家が火事になった時。お母さんが私に言ったの「逃げて、金魚鉢を持って」って。


 だから、お母さんの言う通りに逃げたの、家の外に。そこには、消防士さんとお父さんがいたの。金魚鉢を大事そうに抱えてる、私を見て消防士さんに、「中に他に誰かいましたか?」って、聞かれたの。だから、私が「うん、お母さんがいるよ」って言った瞬間、お父さんに打たれたの。痛かったけど、なんでか分からなかった。でも、今なら少し分かる気がする。まあ、今、気づいても、もう遅いんだけど.....


 お母さんが見つかったのは、次の日。その時は、あまり覚えてないんだけど、全身大火傷で亡くなったって聞いたの。


 お母さんが亡くなって、お父さんに強く叱られたの、「なんで一人で逃げたんだ」って。悪気はなかったの、お母さんなら逃げられるって思ってたの。それに、お母さんが「逃げて」って言ってたし......


 その次の日から、毎日ちょっとしたことで、お父さんに怒られるようになったの。


 しばらくして......お父さんに「出かけよう」って言われて、嬉しかったの。久しぶりのお出かけだったから。でも、お父さんは私の期待を無下にして“学園”に連れて行ったわ。


 その日から一回も家に帰ったことはないわ。なんなら、お父さんは新しい彼女を作って、引っ越したって聞いたし......


 お父さんに楽しいこと、嬉しいことを話す度に怒られてたから、誰かの顔を見て、話すことがだんだん怖くなったの。


 頭の中に文が出てきても、その文を人と顔を合わせて言えなくなるの。だから、もうどうでもよくなって、今のように単語で話すようになったの。慣れたら意外と楽になれたし...


 そうそう、金魚鉢にサカナがいるかいないかって、話よね。


 床に落ちてるその金魚鉢は、お母さんがガラス職人さんに頼んで、作られたもの。お母さんの好きな赤色と水色で、作られてるの。 

 お母さんのものだったんだけど、あまりに綺麗でその金魚鉢をずっと見ていたら、お母さんに「その金魚鉢あげる」って、言われたの。


 嬉しかったわ、とても。


 最初は、サカナを飼いたいって思ってたの。だから、色んなサカナの名前を覚えては、候補を考えていたの。


 ベタ、グッピー、コリドラス、エンジェルフィッシュ、金魚、メダカ....色んなサカナを覚えたわ。


 でも、サカナって生き物だからいつか死んじゃうでしょ?だから、嫌だなって。悩んでいたら、お母さんに言われたの「困った時や苦しい時は、想像力に任せて、新しいサカナを作れば、いいのよ」って。


 金魚鉢を見つめてたんだけど、もちろん最初は、思うように綺麗なサカナは出てこなかったの。


 でも、金魚鉢に水を注いでみたの。そしたら、突然、窓の光が金魚鉢に注ぎ込んだの。その光が反射して、初めて、想像のサカナをイメージできたの。そしたら、さっきまで悩んでたことが、嘘のように吹き飛んでいったの。


 まあ、癖みたいなものね。夢中になったわ。想像のサカナを考えることに。


 スマホ依存症が存在するように、私は金魚鉢依存症になったわ。だから、心のどこかできっと、城野さんに感謝している自分がいるの。


 ずっと、抜け出せなかったの。呪縛のようにサカナだけを考えるようになったの。


 まるで、自分が金魚鉢の中を泳いでいる金魚のように、自分のことしか考えてなかったの。


 だから、城野さんは悪くないの。


 私が悪いの。現実逃避してたから、壁に激突することを恐れたから。


 それに、城野さんが羨ましかったの。なんでも言えて、なんでも行動に移せる城野さんが羨ましかったの。

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