第2話

 その日の放課後、昼休みに会った女子....城野さんが自習室に来た。

「ねえ!アンタのせいでさ!槙野に嫌われたんだけど!」

 知らないよ、そんなの...

「ねえ、聞いてる!?金魚鉢、見つめてないでさ!私の話を聞いてよ!」


 ドンッ


 びっくりしたー。急に机の上に手を置かないでよ。

「うん、いいよ」

「は?」

「は、話、聞く」

「はっ!どうせ、言っても分からないからいいけどさ!」

 その子がそう言った瞬間、ドアが開け放たれた。サッカーボールの少年の槙野くんだった。

「城野!おまえ、何やってんだよ!」

「何って、コイツに本当のことを教えようとしただけど?」

「本当のこと?」

「金魚鉢に魚がいないってことよ!」

 そう言いながら、城野さんは金魚鉢に手をかけた。

 まさか....!

「やめ.....!」

 遅かった。次の瞬間には、城野さんはその金魚鉢を床に叩きつけていた。


 ガッシャーン


「うっ、あ」

 金魚鉢がバラバラに割れた。もう、修正がつかないぐらいに.....。金魚鉢から水が流れ出て来る。まるで、人間が怪我した時に血が流れ出るように......

 サカナが.....

「ほらね?言ったでしょ、魚なんていないって!」

「いる、サカナ」

「いないってば、これを見ても分かんないの?」

「おい、城野、やめろって!」

 城野さんが何か言ってる、聞こえない。

 槙野くんも何か言ってる、聞こえない。

 最初、聞こえなかったものが聞こえるようになった時には、私の口から勝手に言葉が出てきた。嘘つきは私なのに.....

「金魚鉢、サカナ、いる。ウソ、つき」

「嘘ついてないもん!嘘つきなのは、どっちよ!」

 苦しい。

「城野!やめろって!」

 苦しい。

「なんなの?だいたいコイツが.....」

 もうやめて、苦しいから。

「やめて」

「「!?」」

 お願いだから、これ以上は、ここを荒らさないで!

「やめて、お願い」

「じゃあ、言いなさいよ!私が間違ってましたって!」

「城野!」

「金魚鉢、お母さん、形見」

「「え?」」

 その場の空気が凍った。

 そう、私にはお母さんがいない。お母さんは、家が火事になって亡くなった。唯一、その家から金魚鉢を持って出てきた私をお父さんは強く叱りつけた。

 そして、お父さんは私を家から追い出して、“学園”に連れて行った。

「う、嘘よ。だって、アンタ“学園”育ちなんでしょ?」

「人、顔、見ないで、なら、文章も、綺麗に、喋る、こと、も、できる」

「じゃあ、さっさと喋りなさいよ!」

「城野!」

「何よ?」

「落ち着けって!じゃあ、俺と城野は後ろ向いてるから」

「はあ?」

「いいから!」

 二人とも後ろを向いた。顔が見えない。苦しくない。

「さっきも言ったけど、私の金魚鉢はお母さんの、形見なの....」

「普通に喋れんじゃん!」

「城野!」

「お母さんに言われたの、困った時や苦しい時は、金魚鉢にサカナがいると思ったら、楽になれるよって」

「「苦しい時?」」

「うん、よくこの教室の外や人と話している時に、苦しくなる。言いにくいんだけど、息が出来ないの、金魚鉢から出たサカナみたいに」

「だから、走った後も息苦しそうにしてたんだな」

「うん」

「じゃ、じゃあ、なんで.....そんなに詰まって話すの?」

「城野!」

「何よ!」

「もっと言い方があるだろ!」

「いいよ、言い方なんて、悪く言われてるの慣れてるし」

「城野!」

「はあ?なんでいっつも私のせいにするの!?」

「だって....」

「城野さんは悪くないです!」

「「!?」」

「悪いのは、私なので」

 二人は信用できるから話すことにした。

 

私がなぜ上手く話せないのか。

 

金魚鉢にいるサカナは何か。

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