第9話 情勢確認
「ゆ、許しておくれ……」
「『許す』? よくもまあそんな大層なことが言えたな。だったらお前が生徒の姿に変装して、学内に侵入してきた訳を話してくれよ」
激しい語気で老婆を責め立てる青年は周囲の怯えている生徒を見かけると優しく微笑んだ。
しかしそれもすぐに豹変し、男は血管の浮き出た腕でさらに老婆を持ち上げた。
足は宙に浮いており、老婆も苦悶の表情を浮かべてバタバタと暴れている。
私はどちらかが悪者なのか分からず、魔法を使う準備はしたまま眺めているとようやく男の方の正体が分かった。
「あ……ロストさんだ!」
「……メアさんじゃないか! かなり久しぶりだね。コイツを引き渡してくるから、少し待ってて」
そう言うとロストは、老婆を持ち上げたまま教室の外に出ていった。
残された私とホシキリは無言で見つめ合う。
そんな私達に困惑したエレーナが質問を浴びせてきた。
「今の人、あんたの知り合いなの? 人付き合い考えた方がいいんじゃない? ……どんな人か、知らないけど」
「私も今何してるか知らない……」
「メア! 違うでしょッ!」
「え……そんな人と関わっちゃ駄目だよ!?」
ついつい馬鹿正直に答えたせいでホシキリにしっかりと叱られてしまった。
慌ててホシキリから訂正が入るが、エレーナは少し……というかかなり私達に怯えている感じだ。
どうにかして怪しい者じゃないと証明したい……が、ホシキリの圧倒的オーラからなる説得力ですぐ納得してくれたようだった。
「なるほど……つまり、『昔からの知り合いで、メアの方は久しぶりに会ったから分からなかった』ってことね。なんだ、それならそう伝えたらいいのに」
「私忘れっぽいんだよね。エレーナ・ライメイ……あなたの名前絶対忘れないから!」
「そ、そう……」
なんとか誤魔化しきった私はふぅ……と小さく声を漏らしながらホシキリの方を見た。
彼女の手を煩わせてしまったこともあり多少自責の念を感じていたとはいえ、どこまで怒っているのか分からない。
が……いつもよりも不安げな表情の中に喜びが混じっているような感じがする。
そして数分後、先程までの鬼の形相から一変した好青年が私達の前に舞い戻ってきた。
「そういや今年入学だったっけか。ひとまずおめでとう。元気してたか~?」
「あっ、お久しぶりです。えっと……ロストさんですよね」
相手が成人になったロストだからか、意味もなく無性に緊張してしまう。
「ああごめんな。距離感難しいよな、久しぶりだし。昔みたいに……とは言わないが、もっと気楽に話していいよ」
「……分かりました。ロストさん、何のために学園の中にいるんですか?」
「なんでって……俺はここのOBだよ。今日は用があってウェルジェーンまでやってきてみたら、怪しげなババアが紛れてたってわけだ」
怪しげなババア……たしかに怪しかったが、原作にいたような記憶もない。
すぐに戻ってこれたということは本当に間違えて紛れ込んでしまったんだろうか。
……変装していたし、そんなわけないか。
しかしながら、今のロストは原作とかなり容姿が近い。年齢的にも彼から発せられているオーラ的なものも含めてだ。
そんな遠回しな言い方が浮かんできたのは、エーデという存在に違和感があったからなのだが。
「あの……さっきの人はどこにいったのでしょうか。私はエレーナって言うのですが……」
「ああ、さっきの人? わざわざ学園に忍び込むってことは用があったってことだろうからね。しっかりとハレルヤ先生の元まで送り届けたよ」
「ハレルヤ先生にっ!?」
ヒッ、と分かりやすく情けない声を上げたエレーナ。
まあハレルヤ先生といえばどんな生徒も震え上がらせる恐怖の存在、及び外部の攻撃から生徒を守る守護神でもあるからね。
「へぇ……まだ恐れられてるんだ、ハレルヤ先生は」
「いえ、私のお父様と同級生だったと聞いていたので……あの人たしかに怖そうでしたけど」
「あの人は理不尽に怒る人ではないから。君がどんな生徒なのか何も分からないけどね」
軽く苦笑いするエレーナだったが、彼女は優等生でもあるため気にする必要はないだろう。
しばらく会話をしていくうちにある程度情報を手に入れることに成功した。
まず、この世界線のエーデは原作以上の切れ者であるということ。あんななりをしていながらも数々の難題をクリアしていたらしく、私が知っている原作の問題すらも勝手に解決しているようだった。
リバースクロノスファンの私からすると、知らないうちに話が進んでいたのは少々悔しいが、良くも悪くも協力な味方がバックについているということだ。
「明日から学園でたくさんのことを学ぶことになるだろうから、そろそろ帰宅してしっかりと休むべきだね。俺もまだ仕事があるし帰らせてもらうよ」
「分かりました! メア、帰りましょう。エレーナさん……また明日!」
1時間近く談話した私達はロストを見送った後明日会うことをエレーナと約束し、ウェルジェーン学園を去ることにした。
初めての帰路を辿りながらふと忘れかけていたことをホシキリに尋ねてみる。
「私の家ってどこだっけ?」
「……あなたの家は私の家。昨日もそうだったじゃない。色々あってメアは私の隣部屋で暮らしているのよ」
「そうだったっけ……」
ここから先は、きっと私にも予測できない展開が待っているのだろう。
「……そういえば、記憶喪失になってからまだお母様と会っていないよね?」
「会ってないけど……あっ」
ホシキリの母親について思い出した途端、全身に寒気を感じた。
この世界に来て最も嫌な時間が私を待っている。
そう思うだけで私の帰路は行きよりも長く長く感じた。
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