第5話 世界を救う者

 悪役とは。いえ、アクヤクとは。


『リバースクロノス』のチュートリアルで登場する、ロストを扇動し操っていたの黒幕の名前だ。


 チュートリアルにしかでてこないモブだったためアクヤクだなんて直球な名前を付けられているけど、幼い肉体の状態で戦うことを考慮したら充分苦戦するのは当たり前だし、この作品において序盤の鬼門と言っても過言ではない存在だ。


 実際、この戦いに勝てないという理由で辞めている友達も何人かいたし、偉そうに語っている私だって一度コンテニューをしてしまったこともある。


「……良く分からないが、俺も何かやらないといけないのか?」

「勿論です! あなたとそちらの子と一緒にエーデを安全なところまで送り届けてください。ここに長居したら危険ですので」

「分かった。お前らも気を付けろよ、何かあったら俺もどうなるか分からないからな」


 そう言うとロストはもう一人の子分とともにエーデを連れて森の外に向かっていった。


 私達も彼らとは別方向に進んでいき、ホシキリが知るアクヤクの居場所に向かう。


 道中、私やホシキリを捕まえようと偉そうな人や見覚えのないおじさん、年端もいかない肥えた貴族の子供なんかが追ってきたが、どれも普段の運動不足が祟ったのか捕まえることはおろか追いつくことすらできなかった。


 まあ大半が戦力にもならないし、戦える側の人間だとしても魔法にかまけているため身体能力が劣っているのは仕方がないのかもしれない。


 そして数分後、私達は森を抜けて大きな屋敷に戻り大広間を通って、来訪者が踏み入らないエリアの通路を走っていた。


「この先でアクヤクは待ち構えているはず。あの日私の目でしっかり見たのよ! あれは偶然なんかじゃなかった……この時のために、必然の出会いだった」


 神妙に運命を語るホシキリだったが、私は簡単に肯定することもできない。


 もし運命があるとしたら、なんて今の私には語る資格もないから。


 そうして、自分達が突き当たりの扉の前にたどり着くまで無言のまま話を聞き続けていた。


「メア、開けるから準備しておいてね! ……アクヤク。あなたをずっと探してましたよ」


 勢い良く開かれた扉の先で、窓の外を眺めてこちらに見向きもしない男が待ち構えている。


 小さな子供の視点からでもわかる、いかにもな雰囲気を纏うこいつがアクヤクなのだと。


「おやおや、お客様ですか。ここは君達のような子供が入ってはいけない部屋だよ」

「私達は子供なんかじゃありません!」

「……そうか。目的があってここにきたのか。で、誰が犠牲になった?」

「誰も犠牲者にはなりません。……あなたをしにきました」


 両者の剣幕に対する恐れなのかやけに冷えている室温のせいかわからないが、とにかく思わず息をのんで身震いしていた。


 アクヤクは窓際から離れようとはせず、ホシキリも特に武器を隠し持っているわけでもなく膠着した状況が続く。


 その均衡を先に破ったのはホシキリだった。


「メア、撃って!」

「……え、ええええっ!?」


 いきなり振られた私の口から出てきた間抜けな声が部屋中にこだまする。


 きいてないきいてない、準備しとけとは言われたけどずっとホシキリがなんかやる流れだったじゃないすか!

 完璧に油断してた最悪……!! ムービー中のQTEはダメだって習わなかったの!?



 ……などど脳内で言い訳をしつつも魔法の準備が間に合わず、その場であたふたしているとアクヤクが突然笑い語りだした。


「かかったな! クソガキどもが大人の邪魔しようなん――」

「――【ファイアボール】ッ!!」


 あ、出た。出たのはいいものの急ぎで放出したため威力を手加減できず、魔物に向けたときよりも強い火の玉がアクヤクの方へ飛んでいく。


 アクヤクの面前で大爆発を起こし、本日二度目の茫然自失。


 しかし、爆風の向こうから、


「そんなちっぽけな魔法で人を殺せるとでも? 残念ながらここは俺の庭だ」


 そう語るアクヤクの顔には傷1つなく、火の玉の代わりに頭を丸ごと包めるくらいの氷塊が浮かんでいた。


「……それでいいんだよ、メア。いつものあなたならもう少しだろうね」

「こわ……え、すっご!?」


 完全にあらわとなった光景に思わず私は声を漏らす。


 それもそのはず、アクヤクのバックにあった窓はおろか、が私の魔法で吹き飛んでいたのだから。


「……は? なんだよこれ……ま、まあいいさ。まだ冷気は残っているからなぁ! さっさと死ねクソガキィ!」


 いや、これは多分はったりだ。魔力量の差はあまり感じないしあともう1回撃ったら次は倒せる気がする。


 とっさに【ファイアボール】を打ち直そうと神経を集中させた瞬間、綺麗なウィスパーボイスでホシキリが口ずさんだ。



「「今のあなたに罪はないかもしれないけど。これからのあなたは許されないの。さようなら、またいつか」」

「【結び目の血ノットブラッド】」


 私がホシキリのセリフの中で最も好きなのがこれだ。小声とはいえ一言一句重ねて私も詠唱してしまった。が、バレてはいないだろう。



 そして、詠唱とともにホシキリの背後から巨大で半透明な銃弾が現れる。


 ゆっくりと、じわじわとそれはアクヤクに近づいていく。


「……なんだ」

「今は、受け入れて。また会えるかもしれないから」



 そう言うと彼女は魔力で満ち満ちた銃弾を押し付け、男の心臓を貫いた。


 アクヤクからさっきまでの威勢は消え去り、へたりと腰をついて焦点が合わない目で地面を見つめていた。



【結び目の血】――これがホシキリの必殺技だ。それはあのゲームでもこの世界だろうが変わりはなく。


 原作の説明では、『元々は古代魔法の一種だったが、改良を重ねグランレイセ一族が対象の人物にトドメさすための暗殺魔法となった。

 体内に秘めた魔力を時空修正力に変化させる。【時空救済】時のみに使え、正しい相手以外には効かない。対象の人物は人体の魔力構造を破壊され、能力によって死亡した場合特異点以外の存在に認知されず自然死として扱われる。(また、それを見抜く方法はない)』



 ただ恐らく人類史上初めて観測した私からすると、あまりにもインパクトが強すぎるというか、こんなのを必殺技に設定するのは趣味が悪すぎるのでは……? と、いった感想しか出てこない。


 こうして、共同作業による一人目の殺人を皮切りに、正しい歴史を追い求める私達の戦いが始まった。

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