第2話 9年前の私

「こらっ待ちなさい! はしたないですわよ!! ホシキリ様!」


 少しお年を召した女性が、甲高い声を上げてバタバタと走っているのは遠くからでもはっきりと見える。


 それを見てもやけに落ち着けているのは、やはり私が転生者だからなのだろうか。それとも、ただ単に何が起きてるか理解できてないだけか。



「なんだか騒がしいわね……メア、こっちに――ちょっと!」


 私は母の制止する言葉を無視しようとしていたわけではない。知らぬ間に私の左手を華奢な腕に掴まれていて、こけないように彼女に歩幅を合わせていただけだ。



 喧騒に驚いた何百名の大人がこっちを見てくる。しかし、ここでは舞踏会が行われており(原作情報)、メインとなる人達は既に大広間で集まっているためか私達のような小さな子供を止めようとする者はほとんどいなかった。(少なくとも片方は国家単位で守らねばいけないはずなのにね)



 それにしても……素敵な衣装を身にまとっているホシキリの姿は美しい。


 微かに見える横顔だけでも絶世の美女なんだと分からされる。


 3分近く走り、ようやく体力切れで従者を振り払った私達は人気のない倉庫の中で一息ついた。



「メア、ケガはない? ごめんね、この能力を使ったの初めてだから焦っちゃって……」

「……ホシキリちゃん。これって過去に戻ったんだよね。これから何をするつもりなの?」

「流石メア、理解が速いわね」


 そりゃあ、ゲームで体験してますから。何なら私の方が今後の展開を知ってたりして。


 たしか、原作だとこれから国が崩壊する原因となった人物を特定していくパートに入るはず。


 そして、崩壊に陥った原因はホシキリの従兄であるロスト・グランズだと判明し、さらに彼を唆し陰で操っていた他国からやってきた魔法使いが真犯人だと判明する。(当然ホシキリはこのことをまだ知らない)


 要するに、これから私達はロストを扇動した教唆きょうさ犯を見つけなくてはいけない。


(序盤に詰め込みすぎなのが、他人にオススメできないポイントだなあ……)


 加えて語ると、ホシキリの【時空救済】は代々継承してきた秘伝の魔法であり、能力について知っている者は継承者以外ほぼ存在しない。


 だからさっき誰もホシキリを止めようとはしなかったんですね、素性を知らない人から見れば何が凄いのか分からないのです。


「……って感じなの。難しいことばっかり言ってるって分かってる。今は雰囲気でいいから理解してね」


 ここまで彼女が話した話の大半が原作のセリフをなぞっているため初見の情報はほとんどなかった。


 ……少し気になったことといえば、の名前が出てこなかったことぐらいだろうか。



「ホシキリちゃんは誰が怪しいと思ってるの?」

「あ、そっか。メアは記憶を失っていたのよね。おかしいな、お母様は一緒に過去に戻ったパートナーもになるって言ってたのに……きっと」

「特異点」



 出た、難しくて良く分かってない話。原作でも説明されてたけど意味が分からなかったな、今回はしっかり聞いてみよう。


「そう特異点。例えばね、私があなたのお菓子を食べちゃったせいであなたが親に怒られてるの見て、後悔しちゃった私が過去に戻ってお菓子を食べなかったら、どうなると思う?」

「……親に怒られないで済む?」

「そしたらメアの記憶から嫌な思い出は1つ消えるよね。だって誰も食べなかった世界になるんだから。でもね、過去を変えた私の記憶は消えないの。ずっと残り続ける……どこかで失敗して死んだりしない限り」



 これも原作で一言一句同じ説明をしていた。彼女が言うには、【時空救済】の持ち主は世界のでありどれだけ過去を変えても記憶を保持し続け、死亡とともに特異点でなくなるらしい。


「これもお母様が言っていたことだけど……この能力を使うにはもう一人特異点になってもらわないといけないらしいの。しっかり信頼できる同い年の人にしなさいって。だから私はメアを選んだのよ」

「全く覚えてない……そんなに信頼できる人だったんだね私」


 本当ならエーデだったのに……誰なのメア・アレストロって。……いや、私なんだけどさ。


 などと一人でボケツッコミをしている間にも時間は過ぎていく。


 ホシキリがしばらくの間メアの良いところを上げてばかりで話が脱線しかけたころ、とある疑問に私はたどり着いていた。



 エーデ・アレストロはどこに消えた?



 ホシキリの話から聞くメア・アレストロと、私が知っているエーデ・アレストロは出生も年齢も全く違っている。


 ただ似たような世界に偶然異世界転生とやらをしたのかもしれないし、そういう細かいところは無視して良い感じなのかも分からないもんでどうするものか。


 神様とかいないのかね、誰でもいいからそこの理由を説明してよ!


「――これだけ良いところを語っても、メアは覚えてないのよね……。棚から記憶は本のように引き出されるのに、メアの場合はその棚がそもそも壊れているみたい」

「ホシキリちゃん、ところで犯人捜しはしなくて平気なの?」



 少し沈黙の時間が流れ、ホシキリはどっかにいってた理性が戻ってきたようにはっと声を上げた。


 信じられないほど彼女の顔は赤かった。今までで一番7歳らしい反応かもしれない。

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