転生したら大好きなゲームの主人公でした!なお、旧主人公に「私のお兄ちゃん」設定が追加されて、もはや原作崩壊している模様……

伽藍

第1話 私が主人公らしい

「……ア、起きてよ……ねえ、お願い……メア」


 どこかで聞いたことがあるような声に耳元で囁かれ、私はゆっくりと目を開いた。


 寝起きだからなのか周りがどうなっているか分からない。というか、全体的に霧がかっていて何にも見えなかった。


(家で『』やってただけなのに、ここどこ……?)



 辛うじて話しかけてきてる人がいることはぎりぎり見えたので、じっくりと目を凝らしてみると、信じられないほど端正な顔立ちに繭のように真っ白な髪と丁寧に扱われているお人形のような眼をした少女が立っていた。


「……なに、これ」


 実に情けない一言。いつもの私ならそれっぽいことも言えたかもしれないのに、思考がこんなにも回らないのはなんでだろうか。


 ああ、分かった。なんか腕の感覚がないなと思ったら、自分の右肩から先がぐしゃぐしゃだわ。



 次第に少女の声以外の音も少しずつ明瞭になっていく。町が燃える音に、人々がもがき苦しむ断末魔。この世の終わりとしか思えない光景だったが、私はこの雰囲気を一度味わったことがあった。


『リバースクロノス』――私が愛してやまない超名作ゲームの序盤と全く同じ展開が目前で巻き起こっている。


 そして、この美少女……間違いない。


 圧倒的美声とともにルックスから性格まで非の打ち所がない人気投票ナンバーワン、私の一番好きな人でもあるホシキリ・グランレイセちゃんじゃないか。


 そんな彼女が寄り添うべき相手はただ一人、今作の主人公であるエーデ・アレストロのみだ。


 私ごときに涙を浮かべてること自体が解釈不一致極まりない……待って、どうして彼女に手を握られている!?


 その瞬間、私は全てを理解した。



 私は『リバースクロノス』の世界に転生したのだ。主人公として。


 このリバースクロノスというゲームは、『過去を変えたいほど後悔している人達を救済する』というコンセプトのもとに作られたものだ。


 この作品が生まれたのは最近だというのに、老若男女問わず誰しもが知っている名作ゲームの1つと評されている。


 肝心な主人公のエーデも中々良いキャラをしている。恵まれた肉体に優れたリーダーシップと身体能力を兼ね備えた作中最強の逸材にも関わらず、驕った行動は一切取らない聖人なのだ。


 たとえそれが、黒幕であろうと救済しようと行動してしまうほどに。



「メア! 良かったまだ生きてる……」



 ……ん、メアって誰?


 嬉々として妄想していた私を現実に引き戻してきた一言に、思わず動揺が隠せない。


 さっきもメアと言ってた気もするし、そっちはホシキリの言葉がよく聞き取れなかっただけだと思っていたけど、今回は明らかに私を指してるよね?


「えっと……は誰……」

「俺!? 記憶喪失になっちゃったの……? あなたは女の子でしょ、メア! ……メア・アレストロって素敵な名前があるじゃない……思い出してよ!」


 大粒の涙を流して全身を震わせるホシキリ。


 私はメア・アレストロって名前らしい……聞いたことがないってことは、原作にいない……存在しないオリジナルキャラだなあ。


 ほんの少しでも主人公になれたかもと淡い期待を抱いたことが恥ずかしい。


 私の本名と違って……あれ、自分の名前も思い出せないや。


「イチかバチか……メアはもう覚えてないかもだけど、昔教えたが今なら出来るかもしれないの! だから、手はそのままにしててね」


 あっ、このセリフ聞いたことある。原作でもホシキリがエーデに向かって初めて話すセリフだ。リリース前のPVでもずっと使われてたくらい有名なセリフなんだよねー。



 などと楽観的に声を聴いているうちに物事はどんどん進行しており、彼女の手をもみもみしていたらいつの間にか脳がふわふわになって何も感じなくなってきた。


 また、何か始まったような気がする。


 きっとこれはホシキリが持つ【】発動中の景色(なんも見えないけど)なんだろう。


『リバースクロノス』最大の特徴であるタイムトラベルシステム――ホシキリの家系のみが使える魔法を使うことで分岐点となったところまで戻ることが出来る。それが【時空救済】という魔法。



 一番最初に体験する過去はちょうど9年前、エーデが9歳でホシキリが7歳の頃だ。このゲームが評価されていた理由の1つに、メインキャラの9割が差分を持っていることがよく挙げられる。


 主人公やヒロインは勿論、一度しか登場しないキャラにもあるためサブキャラであってもコアなファンが多い。


 まあそんなオタク語りは置いておいて現実を見よう。今恐らく私はその9年前の世界にいるのだ。



「……ア。ほら、しっかり挨拶しなさい。……もう。ごめんなさいね、この子まだ慣れていないようで……」


 唐突に意識を取り戻した私は、真上から聞こえる会話に耳を傾ける。


 どうやらこの人が私の母親らしい。下から見上げてもここまで整った顔立ちに見え凛とした表情には、流石の血縁者であっても見惚れてしまう。



 半ば無理やり頭を下げさせられ、深いお辞儀を返した瞬間初めて自分がドレスを身にまとっていることに気付いた。



 ああ、これがゲームと同じ視点なら素直にかわいいって言えたのに。


 と、心の中で呟いていると、真正面から慌ただしい声が飛び交いながら人の群れがこちらに向かってきていた。

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