第6話 2階

暖炉の前に戻ると、真っ青な顔のシルバーを介抱するグレー、そして憔悴しょうすいしたブラウンが座っていた。それを見守る不安げな一向が、何があったのかを問うようにこちらを見つめる。

ふうと一息ついてから探索した結果を端的に伝えた。


「入り口近くの扉、応接室の中に男性の死体がありました」


皆が同時に息を呑む。


「本来は誰かの知り合いでないか確認するべきです。ですが、あまりに凄惨せいさんな現場なので見ない方が良いでしょう。この中に中東系の3、40代の男性の知り合いがいる方はいますか?」


少し考えた後にブルーが小さく手を上げた。ブルーならば大丈夫かもしれない。


「確認しますか?」


「いや結構だ。親しい知り合いはいない。亡くなっているのなら確認しても意味は無い」




しばらく重たい沈黙が続いた。沈黙を破ったのはたまりかねたパープルだった。


「出口は? それを探しに行ったんでしょ」


すかさずグレーが答える。


「1階には見当たらないわ。それに水やガスも使えそうにない」


「なら早く2階を見てきてよ」


苛立つパープルをなだめるように、ブラウンがゆっくりとした声で割って入った。


「待ってくれ。シルバーもこの様子じゃ直ぐには動けない。少し休ませてくれ」


「冗談じゃないわ。殺人鬼がいるんでしょ。一刻も早く出口を探す必要があるわ。これだからポーランド人は当てにならないのよ」


ブラウンは呆れた様子で、「好きにしてくれ」とだけ呟き、頭を抱えるようにソファーでうつむく。




「2階は私が行こう」


そう言ってブルーは静かに立ち上がり、不安そうに見つめる少年イエローをチラリと一瞥した。向き直りグリーンへ声をかける。


「グリーン、君は行けそうか」


「俺は、どうしよう。他には誰が」


グリーンは先程までの勢いはなく不安そうな面持ちだった。


「そうだな、ゴールドとグレーは引き続き行けそうか?」


「私は問題ありません。同行します」


「私も大丈夫」


グレーはシルバーの介抱をホワイトに任せ、立ち上がった。





ソファー傍に置いていた燭台を再び手にした。2階はほとんど灯りが点っておらず、その薄暗さに階下からでも気味の悪さを感じる。

柔らかい絨毯を踏みしめながらゆっくりと階段を登る。左右に分かれる踊り場で先頭を歩くブルーが振り返る。指で右か左かを問うてくるので、右に進むよう手で合図を出した。深い理由はないが、暖炉にいる皆が見える方を選びたかったのかもしれない。あの現場を見ているからか、やはり私も恐怖を感じているのだろう。少しでも安心できるものを目に入れておきたかった。


暖炉の火に照らされていることもあり、壁と扉がぼんやりと見える。扉は3つあった。1階の時と同じ要領で注意深く臨む。ブルーがブラウンの役割で先頭を進み、グリーンが扉を開ける役割だ。




最初の部屋の扉を開く。暗闇の中にゆっくりとブルーが進む。自分も後に続いた。小さな蝋燭で少しずつ周囲を照らし、置いてあるものを確認する。そこにはベッドやテレビが備え付けられていた。


「見ろ。こっちに別の扉がある」


入り口の近くに立つブルーが持つ燭台が、部屋の中にある白い扉を照らしていた。


「ここも俺が開くのかよ」


グリーンが嫌々ながら扉を開く。

そこには洗面台とトイレがあった。ブルーが中を照らすと奥にシャワーも見える。


「私の予想、当たってたんじゃない」


グレーが中を覗き込みながら、私の方を見る。

それを見たグリーンが怪訝な顔で質問する。


「なんだよ、予想って」


「ここはホテルか何かなんじゃないかって言ったのよ」


確かに、部屋は良くある客室の様な作りだった。


「目ぼしいものはないな。次に行くぞ」


先頭切って部屋を出ていくブルーの後に続いた。




2つ目、3つ目の部屋も同じ形の客室だった。どの部屋も中は綺麗にベッドメイクされており、変わった物は無い。


「これでこちら側は終わりですね。このまま反対側も見ましょうか」


2階の廊下は入り口側で途切れており、反対側へは戻って階段の奥をまわっていく必要がある。来た道を引き返し、階段の奥の廊下を歩く。

暖炉に集まる残りのメンバーが不安そうに見上げていた。


「こちらは何もありませんでした。反対側を見てきます」


少しでも不安をぬぐえる様にと大きな声で、階下に向かって声を掛けた。「気をつけろよ」と言うブラウンの威勢の良い返事を聞き、彼が少し立ち直ったのだと安心した。

だがその安心感も一瞬で消え去った。反対側の廊下は想像以上の暗さで先が見えないほどだった。

私とブルーの持つ燭台の炎は頼りなく揺れ、かろうじて壁と床を照らし、廊下が続いていることを教えてくれている。



我々は視界の悪さから、おのずと壁伝いに進んだ。そして1つ目の扉に辿り着いた。

皆が体を寄せながらグリーンがゆっくりと扉を開ける。扉の先は何も見えない。ブルーは燭台を低く持ち、床を照らしながら1歩ずつ部屋の中に進んだ。

反対側の客室とは異なった作りの部屋だった。部屋の真ん中に置かれた丸テーブル以外、何も見当たらない。


「おい、こっちに扉があるぞ」


ブルーは部屋の入り口から見て右奥にあたる位置に立っていた。廊下から部屋を見て右に進む方向に扉が付いている。


「この位置は洗面所では無さそうですね」


「進もう。グリーンはいるか」


「いるけど、足元照らしてくれ」


暗闇の中からグリーンの声がする。

慎重に進んできたグリーンが私の横を通り過ぎ、扉のブルーの元へ辿り着いた。


「蝋燭持ってるやつが勝手に進むなよ」


文句を言いながらグリーンが扉に手をかけた。扉を開くと再び暗闇が続いている。


「文句があるならゴールドにしがみついておけ」


ブルーの皮肉を真に受けたのか、すかさずグリーンが腕にしがみついてきた。やれやれと思いつつブルーより先にそっと部屋に入る。


隣の部屋はあまり広くなく、特に何も置かれていない部屋だった。部屋の奥まで進んだが、扉や窓は見当たらない。



その時、突然バタンと後方の扉が閉まる。



ゴトン、と言う鈍い音の後に、グレーの悲鳴が聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る