第5話 応接室

暖炉から十数メートルしか離れないとは言え、探索組は緊張感に包まれている。まずは近場の1階から見ることにした。

扉を開けるのはシルバーで、燭台を構えたブラウンが部屋に飛び込み、同じく燭台を構えた私がカバーをする。グレーは少し離れたところで待ち、安全が確認出来てから部屋に入るという段取りだ。


最初の部屋は入り口から最も離れた階段下の扉だった。特に理由はなく、シルバーがポケットから取り出したハーフダラーでコイントスをし無作為に奥からと決めただけだった。



シルバーが右手で扉のノブを握り、目で合図をする。ブラウンと私が頷くと、シルバーは左手の指で3、2、1とカウントした。0のタイミングで扉が開かれる。予定通り、ブラウンが燭台を部屋の中にスッと突き出した。中は暗く燭台に乗ったままの蝋燭が照らす小さな空間だけが見えてくる。ブラウンに続きそっと部屋に入る。入り口にあった電気を押すがつかなかった。そっと蝋燭を近づけ見えたその部屋はランドリーだった。

洗濯機が3つ並べられ、その上にカゴが置かれている。棚に白いバスタオルが詰められいる以外に何もない。


「洗濯機がいくつもあるってホテルか何かなのかしら」


いつの間にか部屋に入ってきていたグレーが手前の洗濯機を開きながら独り言のように呟く。


「そうかもしれません。ここには何も無いようですので、隣を見に行きましょう」




広間に戻り、先ほどと同じ要領で2つ目の扉を開く。2回目だからか先ほどよりスムーズ突入した部屋は真っ暗なキッチンだった。真ん中に銀色の調理台が置いてあり、奥には複数の流し台と、コンロが備え付けられている。使われた形跡はなく壁にかけられた調理器具も新品同様だった。


「これだけのキッチン。やはりグレーの言うように宿泊施設なのかもしれませんね」


「フライパンとか武器になりそうなものは持っておくか」


そう言いながらブラウンが大きめのフライパンを手に取る。


「ブラウン。ついでにコンロの火をつけてみてもらえますか」


「別に構わねぇが」


不思議そうにコンロのつまみを回すが、うんともすんとも言わない。


「あれ? つかないみたいだな」


「水道の水はどうですか」


「こっちもダメだ。ガスも水も止まってるのかもしれないな」


止まっている。果たしてそうだろうか。玄関の外の壁を考えると、この館自体がどこか切り離された空間にあるとも考えられる。そうなれば公共インフラが来ているわけはない。

そしてこの事実は思ったより厄介かもしれない。何故なら食料や水が準備されていない可能性が高いからだ。そうなれば持って数日だ。


「ゴールド。どうしたの? 難しい顔をしてるわよ」


「グレーはキッチンが使えないことに不安はありませんか」


「別に。ここで美味しい料理にありつけるとも思っていないし」


「そうですか。シルバーはどう思います?」


「俺も別にどうでもいい。さっさと次行こうぜ」


そう言ってシルバーはキッチンを出た。




隣の部屋が1階で最後の部屋だった。先ほどまでの扉とは少し異なる、装飾が施された立派な扉だった。

慣れた手順で扉から突入する。部屋を開けた途端、光が漏れ出し、灯りが点っていることがすぐにわかった。

部屋に入ると同時に、先行していたブラウンが叫び声をあげる。


部屋の中心には天井から吊るされた燭台があり、そこに大きな蝋燭が点って部屋を照らしていた。炎が照らし出す部屋は、綺麗な机とソファーが並べられ、いわゆる応接室に見える。その応接室の奥の壁に、大きな赤い血痕と共に吊るされた人間の姿があった。

両腕を横に開き、壁に杭で打ち付けられているさまは、さながらキリストを彷彿させる。だが背後に十字架が無いこと以外にもキリストと大きく異なる点があった。上部の杭に括り付けられた髪が、筆の様に上に伸びていたこと。そしてその頭が、体から50cmほど離れていたことだ。


ゆらめく炎が照らすあまりに残虐な光景に言葉を失った。後から入ってきたシルバーの叫び声を聞き、我に返る。

入り口を見ると悲鳴を聞いたグレーが、壁の男を見ながら部屋に入るところだった。彼女もその光景を見て絶句した。


その場で嘔吐したシルバーを外に連れて行くようにグレーに指示し、私は壁に吊るされた男に近づいた。ブラウンは険しい表情でそれを見守っている。

男は30代から40代に見えた。上下とも服は着たままで、服の上から手と足に刺さる杭は金属の大きな釘のようなものだった。重みで首の部分が前方に倒れ掛かり、切断面がはっきりと見えている。それは切れ味の良いギロチンのようなもので一刀両断したような綺麗な断面だった。そして上に吊られている頭部からは血が滴っていた。


「すまん、ゴールド。俺も部屋から出るぞ」


振り返ると顔色の悪いブラウンが後退りしている。頷き、彼を外に出した。


今まで猟奇的な事件の現場も何度も見てきた。その中でもこの現場は異例だった。

何より神技とも言える頭部の断面。暖炉の前に座っている誰かに出来るわけがない。我々とは別の"神"と呼ばれた存在がどこかに潜んでいるはずだ。

室内に武器になりそうなものや、何かを隠せるようなものがないことを確認して部屋を出た。


ドアを閉めようと差し出した右手が震えていることに気がついた。自分も同じ目に遭うかもしれない。それ以上に得体の知れない脅威が近くに潜んでいるかもしれない。



ふと、自分が恐怖で犯人を神だと決めつけていることに気がつき、ある言葉を思い出していた。


"人は未知のものに恐怖をする。ゴーストが怖くても未知の恐怖よりはましなの。恐怖に対する実に合理的な対処よ"


「なるほど、未知に対する恐怖か。オレリーめ、上手いことを言う」

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