第22話 バートの文書

海岸線から登る朝日は自分が知っているものよりも赤く感じたが、とても美しかった。

昨晩スクローの村人を送り出した後、そのまま砂浜で過ごした。2人とも、焼けた臭いのする村の跡地よりも静かな砂浜が良いと思ったのだろう。自然とその選択肢をとっていた。


バートから分けて貰ったパンを食べ、今後の動きを確認した。レベッカの状態を心配したが、いつものシャッキリしたレベッカに戻っていた。もっとも、敢えて気丈に振る舞っているのだろう。


「日記にあった本は本当に手に入りました。分厚い本が2冊あるので読むにはそれなりに時間がかかると思います」


「本当にあったとはね。にわかに信じていなかったよ」


「それに見つけたのも本当に幸運でした。岩の中とはいえ、読める状態で残っていることも奇跡です」


「で、どうするっての。またあんたが読むのかい」


「いえ、今回はレベッカにお願いしようと思います」


「私が?」


「バートに貰ったこの文書は、やはり私にしか届けられません。その間どこか安全なところで本を読んでおいて欲しいんです。ざっと見たところ、他の世界の言語は使われていない様ですのでレベッカにも読めるはずです」


「文字を読むのは苦手なんだけど。まあ仕方ないね」


「読むコツを教えますよ」


少しでも成果があがるよう、要点を抽出して読むコツを伝えた。


「それから、この先で待ち合わせられる場所ってありますか」


「村の西側は教団の建物しかないよ」


「では少し遠いですが、向こうの漁船の中で待ち合わせましょう。そこなら安全だと思います」



最低限の持ち物以外をレベッカの待つ漁船に乗せ、1人で港を出発した。


焼け落ちたスクローを歩きながら、強烈な不安感に苛まれていた。思えば1人で出歩くのは久しぶりだった。マルダでレベッカを助けて以来、ずっと共に歩んで来た。

だが不安感の理由は1人きりだからではない。古い教会と聞いて、あの日の光景を思い浮かべていた。初めてこの世界を見た時の、沼地にそびえ立つ崩れた教会。恐らくあの場所が目的地なのではないか。崩れた2階から覗く黒い影がまとう、えも言えぬ恐怖を思い出すといまだに寒気がする。


スクローを西に少し進むと、荒れた草原のような場所が続く。てっきり直ぐに沼地になると思っていたので拍子抜けしながらも、どこか怯えながら街道を進んだ。

道中、1つだけ小屋があったが人気ひとけがなく素通りする。辺りに草木が無くなった頃、教会は見えてきた。


さびれた地にポツンとある割には大きく、何故こんな場所に建てたのか不思議に思える。建物は茶色く、遠目からでもレンガ造りであることがわかった。

その教会は古いとはいえ建物は崩れていない。黒い影を見た教会とは別物だと一目でわかった。


正面まで歩いて近づくが、表の扉は閉められており、人がいるのかどうかもわからない。

迷いながらもまずは手始めに扉をノックしてみたが何の反応もない。

仕方なしに扉を押してみると、簡単に動いた。そのまま静かに片方の扉を開く。


そっと中に入ると、左右に10列ほど並んだベンチと、正面の壁の高い位置にある大きな赤い窓ガラスが目に入った。よくある聖堂のようだが、その色味や台座の飾りなど、所々に違和感を感じる。

室内から大きな音はしないが、小さな足音や、木の軋む音が聞こえ人がいることがわかった。


「すいません」


意を決して大きい声をだすと、右手の赤い絨毯が敷かれた階段の上から、こちらに近づく足音が聞こえる。目を向けると、くすんだ赤いローブを着た中年の男がゆっくりと階段をくだってきた。


「どちら様かね」


「文書を持って参りました。司祭様へ直接手渡しするよう賜っております」


「質問に答えたまえ。君は誰だ。初めてみる顔だが」


「大執事の遣いです」


男は階下に着くと、こちらの格好を確かめるように視線を全身に這わせる。背は高く、190cm近くあるように見えた。


「文書を見せろ」


「直接手渡しするよう言われています」


「それは聞いた。物を見せろと言っているのだ」


高圧的な態度に気圧されながら、震える手で袋を漁った。筒状の文書を取り出し、封印を男に向かって見せる。じっと印を見つめた後に、男はくるりと背を向けた。


「よろしい、ついて来なさい」


つかつかと階段を登る男の後ろを、慌てて登っていく。2階の廊下も広く、左右にいくつもの扉が見える。時々話し声が聞こえるが、あまり人数がいる様には感じない。

男は廊下の奥から1つ手前の扉の前で立ち止まった。そして扉をノックし、部屋に入っていく。

どうしたら良いのかと、半開きになった戸の前で待つと男に手で入るように促され、部屋に入った。


部屋は奥には大きめの事務机があるだけの簡素な作りだった。その机の向こう側に、太った50前後の男がこちら向きに座っている。机に置かれた何らかの資料に目を通しており、目線はこちらを向いていない。


「大執事の遣いを名乗る者が、文書を直接手渡したいそうです」


横の男がそう言うと、座っている男は初めて机から目を離しこちらを向く。自分の服装と顔を確認しているのを感じる。黙って立ち上がり手で合図すると、案内の男はすっと部屋から出て行った。後ろでバタンと扉が閉められる。


「文書を見せてみろ」


そう言われ、すぐに手元にあったものを差し出す。男は手を伸ばしそれを受け取ると、先ほどの机に戻り封を開け始めた。


「そこの椅子を使え」


文書に目線を向けたままの男がそう言うので、横を見ると、扉の脇に木の椅子が2脚置かれていた。その椅子に腰掛け、男の反応を待った。


黙々と文書を読む男が、1度だけこちらにチラリと目線を向けた。バートにははぐらかされたが、あの文書には何が書いてあるかわからない。今更になって、その事が怖くなり始め、次第に心音が高鳴っていく。

もし裏切られていたら。そもそもバートは教会の人間だ。それは裏切りにも値しないのではないか。


「なるほどな」


突然の男の発言に、びくりと体を震わせる。


「お前は救世主なのか」


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