第18話 バート
老人の話は飛躍し過ぎていた。この世界の人全てが生贄。それでは教会の人間も生贄だと言うのか。
「私のような別の世界から迷い込んだ人だけじゃなくて、全ての人が生贄?それじゃあ、あなたもそうだって言うんですか」
「もちろんそうじゃ」
老人の顔は落ち着いていた。
どこからか込み上げる怒りで顔が熱くなるのを感じる。
「冗談じゃない。教会の人間は神とやらを崇めているから命も惜しくないのかもしれない。けどそうじゃない人だっているんだ。私は生贄になんかならないで逃げ切ってやる。それにレベッカだって」
そう言って自分の怒りがどこから湧いたのかに気がついた。自分の様に引き
「まあ待て。まず根本が間違っている。教会が
理解が追いつかず、老人の次の言葉を待った。
「神が実現しようとしていることは2つ。1つはこの世界に生きる人間の一掃。そしてもう1つはそれを行う為に神自身がこの世界に
「神とは、一体何なんですか」
「伝承では、灰色の濡れた粘土のような不定形で、赤い目が3つあるそうだ。実際に見たものはもういないがね。大きさは召喚に使われる血の量に依存するが、今回のならば小さい小屋を飲み込むくらいの大きさになるだろうと、予測している」
「今回のと言うのは?今までにも現れたことがあるんですか」
「この世界にはない」
「この世界?まさか経典に記載のあった、新しい世界を作るというのは、既に行われたことがあるのですか」
「なんだ。経典を読んでるんじゃないか。その通り、既に何度か世界を作り直しこの大きさになっているそうだ」
「どうやってそれを知り得るんです」
「伝承者じゃ。旧世界から1人の人間を連れて来たらしい。教会をまとめ上げたのも彼だ」
「え、では他の人はどうやってこの世界に来たって言うんですか。それにその伝承者って人の作り話の可能性だってありますよね」
「もちろん、作り話の可能性はある。それはもう確かめようがない」
「つまり、亡くなっているんですか」
「とっくの昔にな。何せこの世界ができて、もうすぐ50000回近くの夜が訪れるからな」
50000日。計算すると、130年以上になる。この世界が100年以上続いているというのか。
頭が混乱してきていた。
「ちょっと待って。私にもわかるように説明して」
「良いじゃろう。だが今日はもう遅い。今晩は泊まっていきなさい。奥の水場の湯を沸かす。その泥まみれの服も洗っておきなさい」
そう言って老人は部屋の奥に消えていった。呆気に取られながらも、湯に浸かり綺麗な家に寝泊まりできる喜びに少し興奮していた。
交代で使った水場は、小さなスペースではあったがまるで天国の様だった。今までの汗と汚れだけでなく、溜まっていた疲労もお湯と共に流れていく。
借りたガウンのような柔らかい白い服と、厚みのある布団も、今までにはない安らぎを与えてくれた。レベッカの暗いブラウンの髪も艶を取り戻し、さっきまでとは別人の様だった。
今だけは老人の話を忘れてゆっくり休もうと思った。
翌朝、目が覚めると、既に2人はテーブルに着いていた。自分の分のパンと牛乳も並べられている。牛乳は濃く、案の定、パンは固くパサパサしていた。
「それはヤギの乳だ」
口に合わない表情を出してしまったのだろうか、老人は空いた皿を片付けながら教えてくれた。
朝食を終えひと段落ついたところで、昨晩の続きの話が始まった。
「さて。どこから話したものか。まずは私のことから話そうかね」
髭を撫でながら、少し考え込む様に語りだす。
「名はバートと名乗っていた。だが今や名を呼ぶ者は無く、皆からは大執事と呼ばれておるが、まあ隠居の身じゃ。若い頃から教会で過ごしてきた。教会の教えに従っていれば良い世界になると信じて
「どうやら人より少しばかり真実を見抜く力を持っていたみたいでな、いつからか捕えられた他所者と面談をする役を担っていた。私が他所者だと判断すれば、その者は処刑される。そんな仕事だ」
バートの目は少し寂しげに見えた。
「ある時、連れてこられた他所者と会話をしていくうちに、随分と打ち解けてしまったことがあった。君のような若く快活な女性だったよ。
「私は最初から彼女が他所者だとわかっていた。だが教会には他所者ではないと伝えた。その頃、私は信頼されていたからね、彼女はそれで解放されたよ」
「それから彼女は教会へ通うようになった。私の部屋に来て、彼女の世界の話をするんだ。今までも他所者から似た話を聞いてはいたが、信じていなかった。けど彼女の話だけは真剣に聞いたよ」
「彼女はこの世界の神を否定していた。そればかりは納得できなかったが、世界の謎を解こうと色々調べていたので、私も協力した。そして過去の文献から
「触媒、ですか」
黙って聞いていたが、思わず口を挟んだ。
「左様。神はこの世界に人を引き込んでいる。そのためには触媒となる人間が必要だとわかったんだ。簡単に言えば、一生寝たまま生き続ける生贄みたいなものだ」
「ではその人を見つけて止めれば、もう誰も引き込まれないということですか」
「恐らくはそうじゃ。止めるには殺すことになるだろうがね。だがどれだけ探しても触媒は見つからなかった。私は書物の記載が間違っているんだと考えていたが、彼女は違った」
「まだ探していない場所があると言って行ってしまった。あの時、引き留めなかったことを生涯後悔しているよ」
バートの声が詰まり、静寂が場を包む。
「2日後、湖の近くで人間を食っていた彼女を見つけた。
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