第17話 老人の家

町外れの家の軒先のきさきには焚き火の煙があがっている。

お尋ね者になっていたら訪問するのはリスクだが、屋内に寝泊まりしたいという欲も確かにある。レベッカと目を合わすと、彼女も同じ思いを持っている様に感じた。


何も会話しないまま、ゆっくりと街道を進み、気がつけば家の前まで来ていた。どうしようかと決めあぐねて立ち尽くしていると、突然家の扉が開かれた。

そこにはえんじ色のすすけたローブをまとった老人が立っていた。左手に持った杖と、顎から伸びる白い髭の影響で、かなり高齢に見える。老人とはいえ、格好は教会の人間だ。どうするべきか決めていなかったことと、極度の疲労が思考力を低下させていたのだろう。ただ身構えることしか出来なかった。


「入れ」


そう言って老人は家の中へ入って行く。罠だったらどうするのか。そんなことを思いながらも老人のあまりにあっさりした態度に、どこか安心感を覚え、素直に従った。



部屋は広く、大きな丸いテーブルを中心に綺麗な家具が並んでいる。床には刺繍ししゅうの入った絨毯が敷かれ、壁際の棚にも金色の彫刻が装飾で施されていた。それは今までに見たどの家よりも裕福な生活空間だった。

レベッカを見ると、彼女もその内装の豪華さに見惚れている。


「座ったらどうだ」


部屋の入り口に立ったままの2人に対し、老人はキッチンから声をかけた。躊躇ためらいつつも言われたまま、テーブルを囲む椅子にそれぞれ腰掛けた。

しばらくするとキッチンから戻った老人は、そわそわする2人の手元に白いティーカップを運んできた。そしてそのまま向かいの席に着いた。


2人を気にする素振りも見せずカップの飲み物を飲む老人を見て、手元のカップに目を向けた。

きっと毒は入っていないだろう。分かってはいるものの一抹の不安がある。レベッカを見ると、こちらが飲むのを期待しじっと見つめていた。意を決して口にすると、カップにお似合いな茶葉の香りが口中に広がる。少し癖のある味ではあるが、それは紅茶だった。チラリとレベッカを見て頷き、問題ないことを伝える。その様子を確認して、レベッカもカップを手に取った。


茶の影響か、はたまたリッチな空間の作用か、緊張は少しほぐれていた。皆押し黙ったままの不思議なティータイムの沈黙を破ったのはレベッカだった。


「あんたは誰なの。ただの親切な老人じゃないでしょ」


「中々の物言いだな、お嬢さん。私はこの家に住むだよ」


老人は皮肉を込めた言い方をして、肩をすくめた。


「ごめん。だけど、その。老人ではあるでしょ」


「いいえ、結構だよ。少しからかっただけさ。もちろん私は老人だし、君たちが想像しているように、ただ道端にいた見ず知らずの人間を招き入れたわけでもない」


カップの紅茶を一口飲み老人は続ける。


「私は教会と関わりのある人間だし、君たちがお尋ね者になっていることも知っている。けれども茶に毒が入っていなかったことからもわかるように、君たちをどうこうしようという気はないよ」


「私たちはお尋ね者になっているんですか」


「そりゃ殺しをしているんだ。当然、教会の内部には伝わっているよ。だが幸運にも君たちがあやめた人物は教会にとっては少し特別でね。内々で処理しているから町の人たちには伝わっていないだろう」


「その、どうして色々教えてくださるんですか。私たちを招き入れたあなたの目的は何ですか」


「君はせっかちだね。しくも彼女が言った通りだよ。目的なんぞなく、ただ気まぐれに親切をしているだけじゃ」


行動と発言は一致しているが、どうにも信じきれなかった。本当に何の狙いもなく招き入れたのだろうか。探るように質問を続けた。


「では親切に甘えて質問させて下さい。私たちが、殺めてしまった人が特別と言うのはどう言う意味ですか」


「君たちは彼らを見て何も感じなかったかね」


「いえ。まるで操られている様な感じで、人間味を感じませんでした。機械的に動いている様な」


「ふむ。その通りだよ。彼らは魔術によって動いている屍人しびとじゃ」


「魔術…」


想像はしていた。それでもどこかで実在するわけないと言う思いがまさっていたのだ。

だが老人の話ぶりから、それが現実だと実感し始めてしまった今、体の奥底から湧き出るような不安感に苛まれていた。


「何じゃ。そこからか。もう少し色々つかんでいると踏んでいたんだが」


露骨に失望した様子の老人が続ける。


「お前たちは今、何を求む」


「平穏な暮らしよ」


考える隙もなくレベッカが答えた。それを聞き老人は深くため息をつく。


「それは叶わない」


「どうしてよ」


「この世界は滅びゆく運命だからじゃ」


レベッカは何か言い返そうと口を開いたまま、言葉を失っている。世界が滅ぶ。それはゲームや物語でしか聞いたことのない台詞せりふだ。しかし山で読んだ経典の内容が頭にあったためか、現実なんだろうとどこか受け入れている自分がいた。


「何故、滅ぶのですか」


「経典は読んでいないか。この世界の創造主が新しい世界を作るためじゃ。もう十分な生贄は集まっている」


「生贄って」


「この世界に生きる全ての人じゃ」

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