第15話 脱出

急いで戸を閉め、レベッカに駆け寄る。


「レベッカ!教会の人間が来ています」


レベッカは一瞬で飛び起き、何が起きているのかを目で問うてくる。


「山道の下から登ってきています。直ぐに荷物を持って窓から小屋の裏に逃げましょう」


素早く頷き、昨晩準備した荷物を手にとってレベッカは窓の前に構えた。その姿を見て慌てて自分の分の荷物を掴み、窓に駆け寄る。

割れた窓ガラスに注意しつつ開けようとするが、立て付けが悪いのか、びくともしない。そもそもスライド式なのか、観音開きなのかわからず、押したり引いたりしていると、見かねたレベッカが窓枠をグーで叩いた。バンッという音と共に窓は外側に開かれる。なるほど、観音開きだったのか。

荷物を投げ、颯爽と窓から飛び出るレベッカに続き、手順を真似て荷物を放り出してから枠によじ登り何とか外へ出た。

この辺りは遮蔽物もなく村の方へ向かう道には隠れられる場所がない。仕方なく窓を閉めて小屋の裏側へ回る。


裏手は屋根付きの薪棚まきだながあるだけで他には何も無かった。小屋には裏口も無く、そびえ立つ急斜面と小屋の壁の間の5mほどの空間で教団員が過ぎ去るのを待った。

少しすると砂利を踏む足音が聞こえてきた。複数人いるが何人なのかはわからない。足音は小屋の前で止まる。息を潜め、レベッカと目を合わせていた。その見開かれた真剣な目からは、どんな音も聞き漏らさないという覚悟が見て取れた。恐らく自分も似た表情をしているだろう。


「調べろ」


無慈悲な声がはっきりと聞こえた。落胆するのも束の間、小屋の戸が開かれる音がする。レベッカは眉をしかめ、ため息混じりに目を瞑った。

いざという時の事を考えなくてはと思い、キョロキョロと周囲を見渡す。急斜面は10m近い高さの崖で、登るのは不可能に見える。屋根に目を向ける。ハッとして、レベッカに耳打ちをする。


「薪棚から屋根に登れるかもしれません」


レベッカがパッと振り返り、薪棚と屋根を見上げた。向き直り、力強く頷く。そのまま荷物をこちらに手渡し、薪棚の屋根に飛びついた。小屋の壁にそっと足をかけて、軽々と薪棚の上に登った。手で荷物を渡す様、合図される。レベッカの運動神経に関心しながら、手に持っていた荷物を2つとも渡す。


「使われている形跡があります」


ドキッとした。数分前までそこにいたのだ。人が使っていた事がバレるのは当然だったが、その声に心臓を握られたような思いだった。


「住民は見当たらないな」


そうか。まだここを自分たちが宿にしていたことまでは分かっていない。見上げるとレベッカは屋根を見上げて、登れる箇所を探しているしているようだった。

そして再び軽く頷くと、屋根のヘリにジャンプして掴まり、小屋の壁を蹴りながら屋根によじ登った。

自分から言い出したことだが、登れる自信は無かった。それでも先ずは薪棚の屋根に掴まって登ろうと試みた。


「窓が割れています。中から割っているみたいです」


すぐ近くから声がする。小屋の正面から横へ移動する足音が聞こえる。恐らく外を見張っていた人が、窓の方へ移動してきているのであろう。窓から2mも進めば今いる位置が見えてしまう。バタバタと壁を蹴りながら何とか、薪棚によじ登る。

レベッカは上から急ぐよう、手招きで急かしている。屋根を見上げて絶望した。こんな高さに登れるイメージが全く湧かない。手を伸ばすとレベッカの手には触れられるが、彼女の力だけで引き上げるのは流石に無理だろう。ジャンプをして屋根に触れるが掴んでいられず、逆に薪棚からも落ちそうになった。


「確かに割れているな。風や石ではないのか」


「その場合も内側に割れると思いますよ」


この後の展開が手に取るようにわかる。周囲を確認するに違いない。薪棚の屋根に寝そべっても側面から出てきた人には見られてしまう。

絶望し、へたり込んだ時、レベッカの荷物袋から頒布はんぷの様な厚手の黒い布が飛び出しているのが見えた。反射的に布を取り出し、薪棚の屋根を覆う様に広げた。そしてその下に寝そべる。


裏手に来ないことを祈った。神様でも仏様でも、この際、赤の教会の怪しい神でも何でも良い。どうか裏手に人を来させないでくれ。

しかしどの神も、その場凌ぎのお祈りは聞き入れないようだ。


「裏側は何かありますか」


「見てみよう」


見つかったらナイフを持って飛びかかるのが良いのか。もしくは浮浪者のふりでもするか。

そんなことを考えていると足音が近くに聞こえる。布を被り周囲が見えないが、こちら側まで、もう確実に来ている。

ゆっくりと足音が近づく。そして薪棚の目の前で止まった。木目の隙間から、薪と地面が少しだけ見える。そこに赤いローブのすそと硬そうな靴が見えた。


そこに立つ男は、薪を手に取りこちらを見上げた。目が合っている様な気がする。1mに満たない距離だ。じっとこちらを見上げる男が急に大声を発した。


「昨日の天候は」


「このあたりは霧雨のはずですね」


負けないほどの大きな声の返答が聞こえる。


男は一度手に持った薪に目を向け、すぐにまたこちらに目を向けた。


「役に立たないな」


と小さく呟き、被っている布の縁を掴んだ。頭にかかる布がグッと引っ張られた。

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