第13話 男の家

予想していたことではあったが、死体を見るのはこたえるものがあった。

死体は自分と同じ様な麻の服を着ている。ランタンを近づけ顔を覗き込むと、腐食が進み元の顔が確認できない状態であった。

死体の正面にある台座を見ると、石の上部が黒ずんでいる。


「ここに頭を打ちつけて亡くなったのかもしれないです」


「誰かにやられたのかね」


「それはわかりません」


死体を漁ってみたが、手に握られたペンダント以外、目ぼしいものはなかった。


「このペンダント、そこに置いてある木と同じ形をしてるよ。なんなんだいこれは」


「これって言うのは、十字架の事ですか」


「ジュウジカ?知ってんのかい」


「これは、ある宗教の信仰対象です。この辺りにある教会では十字架を用いないんですか」


「詳しくは知らないけど、こんなのは見たことないよ」


「そうですか」


彼は外の世界から来た人物だと確信した。それもクリスチャン。自分でほこらの様なものまで準備するほどの熱心な信者だ。もしかすると、彼は教会を探し、この世界の教会とも接点を持ったかもしれない。


「戻って彼の家をもう一度調べてみましょう」



小屋に戻り、本を中心にメモなどが無いか物色した。ダイニングに置いてあった本は全て経典の様な本だった。どの本も背表紙は赤く、表紙には、目玉が3つ横に並んだ奇妙なマークが刻印されている。見たことのない文字で書かれていたが、言葉と同様に自然と読むことができた。


内容は世界を作る神の話だった。要約するとこうだ。


『神は小さな世界を作り、そこで力を蓄える。

蓄えた力を使い、また新たな世界を作る。

それを繰り返しやがて作る大きな世界は、他の世界を取り込む。

全てを取り込み作られた真の世界は、人々にとっての理想の世界である。

理想の世界に辿り着くために、人は神に捧げる。』


神話の様な内容であったが、妙な恐ろしさを感じる。別の世界の人が紛れ込む理由が、取り込まれているのだと仮定すると、これは神話ではなく今起きている事実とも読み取れる。

"全て"が何を指すかはわからない。だがもし本当に全ての世界を飲み込むのだとすると、とんでもない話になってくる。

そしてもう一つ、気がかりなのは、人は神に"何を"捧げるのかを書いていないことだった。彼らは一体、何を捧げているのか。祈りや祈祷のことだけを指しているとはあまり思えない。


「ちょっと。これみて」


奥の部屋を物色していたレベッカが、興奮した様子で戻ってくる。


「この本、なんて書いてあるのか読める?」


レベッカが持っているのは、先ほどの経典より一回り小さく、B5くらいのサイズの本だった。表紙には手書きで"DIARY"と記載されていた。


「はい。日記ですね」


本を受け取りパラパラと捲ると、案の定英語で記載されている。


「得意ではないですが、少し時間かければある程度は読めると思います」


「やっぱり読めるのね。じゃあそれは持ち帰りましょう」


その後はベッドの裏や、台所の床下など、物を隠しそうな場所を探してみたが、隠し扉などもなく、参考になりそうなものは見つからなかった。ただ、食べられそうな山菜があったため、それは持って帰ることにした。



小屋に戻ってからは、生活出来るように環境を整えた。大したことは出来ないが、寝床と食卓を整えた。他には、樽に貯めていた雨水を屋内に持ち込み、水の確保ができたことが大きい。

その日は持って来た山菜と、残っている干し肉を食べた。食料はもってあと2日というところだ。今後の動き方を決めておく必要がある。


「レベッカ、明日は別行動でも良いですか。私はこの日記と、経典を読んでみようと思います。何かが分かる気がしていて。申し訳ないですが1日時間が欲しいです」


「良いわよ。私は読めないから任せるわ。で、私には何をしろっての」


「近くで食べれそうなものを取ってきて欲しいです。けど無理はしないでください。特に下山したり、湖に近づいたりはしないでください」


「下山はともかく、湖なんか頼まれても近づかないわ」




翌日、レベッカに起こされ目が覚める。成り行きとはいえ、異性と同じ家で寝泊まりをするのは初めての経験で、この生活も悪くないなと思えた。

2人で腐ったチーズを食べたあとは、予定通り別行動をとった。早速、日記の解読に取り掛かる。


日記は、流暢りゅうちょうな英語で書かれており、筆記体に不慣れな自分は読むのに苦労した。どれも日付は無く、それぞれの記述がどれほど期間が空いたものなのかは、わからない。


最初の方は、この世界についての驚きであったり、通貨や独自のルールに関する備忘録だった。ルールに関しては、教会の決まりごとの様なものがほとんどで、スクローの漁村でベンに教えてもらった内容よりも遥かに詳しい。日記の男は、確実に教会と接している様だった。


日記を何度か読み返して、その理由がわかった。どうやら日記の男は信者になりすまし教会へ通っていたらしい。マルダの大きな教会と、他の地域で活動する小さな教会との関わりは希薄で、司祭など一部の人間以外は、お互い顔を知らないとのこと。それを活かして、大胆にも双方に出入りをして内情を探っていたようだ。


レベッカに伝えるために、重要な内容の日記を翻訳し転記する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る