第12話 集落の探索

山登りの疲労と怪我の治療なども考え、この日は小屋で休むことにした。こちらに敵意が無いことが伝わったのか、レベッカも段々と元の調子に戻って来た。食糧こそ、ろくなものが無かったが、それを除けば、それほど悪くは無い環境だった。


1日しっかりと休みを取り、準備を整えた。翌日霧雨の振る中、ホセの村人を尋ねて周った。


村には自分たちがいる小屋以外には5件の家しかなく、どこの家の近くにも小さな畑がある。家々は少し距離が離れているが、凹凸おうとつのある山岳に無理やり集落を作ったために仕方なくそうなったことが見て取れる。


まずは小屋の利用を許可してくれた老人の家に伺った。レベッカの話の通り、白髪でかなり高齢には見えたが、背筋が伸びているためか元気そうに見える。


「やあ、君も無事だったかい」


「はい、疲労で倒れてしまいましたが、もう大丈夫です」


「先日伝えた通りだが、あの小屋は自由に使って構わないよ。前の住人は半年ほど前に亡くなっているからね」


「ありがとうございます。あの、教えてほしいのですが、この辺りにどこから遠くから迷い込んできた人はいますか」


「君たちがどうしてここに来たのか、ここで何をしようとしているのか。それを私は知らないし、知ろうとも思わない。私を含めたこの集落の住人は何も協力する気はないんだ。悪いけど、自分たちでどうにかすることだね」


穏やかな口調とは裏腹に、ピシャリと断られ呆気あっけに取られていた。レベッカが割って入る。


「どうして。何か理由があるんでしょ」


「私たちは下の人たちの厄介事と関わらないと決めている」


「厄介事。具体的には何のことでしょうか」


「全てだよ。教会も呪詛も亡者も、我々には関係ない」


「戦うのはあなた達じゃないわ。別に質問に答えることくらい良いでしょう」


「協力しているという姿勢を取りたくないんだよ。教会と敵対していると思われたくないと言った方がわかりやすいかね」


刻まれたしわの奥の瞳に、何か強い思いを感じた。きっと最初からこうではなかったはずだ。


「別にあんた達から聞いたかどうか、わかりやしないじゃない。さっさと、」


「レベッカ」


思いがけず遮られて、レベッカは驚いた顔をしてた。


「すいません、そちらのことも考えずズカズカ質問してすいませんでした。そう言うことでしたらなるべく関わらず、ご迷惑をおかけしない様にします」


「ああ、すまないね」


「最後に1つだけ、1番新しくホセに入居して来た人はどちらにいますか」


老人は、考え込む様に少しため息をついた。


「このホセという集落には7軒の家がある。ここにある5軒と、君らが使っている1軒、それに奥の山道をさらに進んだ先にある1軒だ。今でこそ、我々は君らが近くの家に住み込んでも拒みもしないが、昔は他所者よそものを近くに住まわせたりはしなかったね」


「ありがとうございます。昔話、大変参考になりました」


深くお辞儀をして、その場を去った。レベッカは何かを考え込んでいる様だった。



歩き出して少ししてから怪訝な顔のレベッカに質問をされる。


「どうして教えてくれたの。それもなんだか遠回りな言い回しで。アレって奥の山道の先の家に迷い込んで来た人がいるってことよね」


「ああ、あんな感じで拒絶してくる時は一度向こうの言い分を受け入れた方が良いんですよ。そうすると先方せんぽうの溜飲も下がって会話してくれる様になるんです。それでも一度答えなかった質問には答え辛いので、別の言い回しになる様に質問の仕方を変えてるんです」


レベッカは少し考え込んだが、すぐに諦めた様だった。


「うーん、何言ってるかよくわからないわ」


既に興味なさそうなレベッカに苦笑いをしながら、思いがけずブラック企業での経験が役に立ったなと思った。

自然と出た考えだったが、自分で違和感を覚えた。"ブラック企業"って、なんだ。



老人が言った通り、集落の奥には更に上に続く山道があった。少し険しい道をレベッカに支えられながら登って行く。体感では300mほどだろうか。中々登った先にかなりボロい小屋が見えた。


他の家と同様に近くに畑があるものの、萎びた葉が点在しているだけで、明らかに手入れはされていない。とても人が住んでいる様には見えない。入り口の戸を叩くが反応はない。レベッカと目を見合わせ、扉を引くと鍵はかかっておらずミシミシと音を立てて開いた。


外の印象とは異なり、小屋の中は整理されていた。小さな机やその上に並べられた本、キッチンに置かれた数枚の皿とコップが、快適な一人暮らしを彷彿させる。

このダイニングキッチンの様な部屋とは別に、奥にもう一部屋あるのが見えた。扉などの仕切りはなくそのまま入っていける。部屋の入り口にゆっくりと近づくとベッドの足が見え、寝室であることがわかる。そっと覗くが誰もおらずベッドと小さな机が置いてあるだけだった。


「人はいなそうですね」


「長いこといないみたいだね。これ、砂埃を被ってる」


振り返るとレベッカは台所に置かれたコップを手にとって見ていた。


「住人を探してみましょう」


家の外に出て周囲を探すと、近くに洞穴どうけつがあることがすぐにわかった。悠々と人が通れそうな幅はあるが、暗く奥が見えない。

一度小屋に戻り、机に置かれていたランタンを手に取った。どうやって火をつけるのか悩んでいると、レベッカが横にあった火打ち石を使い、慣れた手つきでランタンの芯に火を灯した。


洞穴は、ただただ真っ直ぐ掘られていた。20mほど進んだ所が行き止まりになっており、少し周囲が広くなっている。

突き当たりの壁の前には、大きな石を積み上げて作られた、不恰好な台座があり、その上に木でできた十字架が立てかけられている。

台座の手前には、同じく手製の十字架のペンダントを握った男の死体が横たわっていた。

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