第9話 脱出
自分が何とか起き上がり駆け出そうとした時、レベッカは既に2m先を駆けていた。そしてローブの男がこちらの動きに反応するやいなや、レベッカはその男に体ごと預ける様に体当たりをした。2人が入り
レベッカは左手で扉を開け、こちらには目もくれず部屋の奥を睨んだ。足を引きずりながら何とか彼女の横を通過する。
部屋の外は廊下だったが、すぐ目の前に下り階段が見える。手すりに掴まりながら
「早く、掴まって」
いつのまにか真横に来ていたレベッカに、右肩を支えられて入り口まで進み、2人で扉を押す。重い扉がゆっくりと開きだす。後ろからは2階の扉が開かれ階段を駆け降りてくる足音が聞こえる。人が1人通れるくらい開いた所でレベッカがすっと外に出て、腕を引っ張られた。その勢いで転びながら外に飛び出す。
扉を閉めたレベッカに再び手を引かれ、暗闇の町を走った。
ほとんど何も見えない、慣れない町を手探りで進んで行く。どれくらい進んだのか、どちらに進んだのかもわからないが、やっと町の外へ抜ける道を見つけた時には、世界がまた赤みだしていた。
「こっちは町の西側だね。どうする」
「湖を目指しましょう」
「どこか当てがあるの」
「いえ、ですが教団を避けるなら湖側だと酒場の店主に聞いたので」
「まあ良いだろう。スクロー方面に進んでも追手が来るだろうしね」
そう言って2人は店主の地図を頼りに、ゆっくりと湖に向かって進んだ。町の西側は草原で、草丈は腰ほどと高いものの、見通しは良い。遥か先にある大きな教会がぼんやりと見えた。人に見つからない様に少し屈みながら、2人で草原を下っていく。
段々と
水辺まで近づくと、離れたところに簡易的な船着場の様な小屋が立っているのが見えた。警戒しつつ近づくが、そこに人気は無く、小屋の中も整備されていないボロボロな状態だった。小屋の先にある小さな桟橋には簡素な手漕ぎボートが1
「まずは手当ね」
そう言ってレベッカは手際良く傷の周りのズボンを割き、濡らしてタオル代わりに傷を拭いてくれた。今までに味わったことのないほどの痛みを、麻袋を噛んで堪えた。ズボンの切れ端を包帯の様に巻きつけ、止血の治療は終わった。
静けさから安心したためか、夜通しの格闘の疲れが出た2人は、自然とそこで休憩をすることにした。熱を帯びる足の痛みに勝る強烈な睡魔により、あっという間に眠りについた。
人の行き交う音が聞こえる。夢を見ている様に頭がぼんやりと重い。開かない
横を見ると見慣れない器具と点滴が置かれており、病院のベッドにいる事がわかった。
体がズシリと重く起き上がることもままならない。手に巻きつけられた包帯と、そこに伸びる点滴の管を眺めて何分も過ごしていた。
突然目の前を覆っていたカーテンが勢いよく開かれた。
「あ、山口さん目を覚ましてる。ちょっと待ってね」
そう言うとベテラン看護師風のふくよかな女性は
そうして1分も経たないうちに、白衣を着た高齢の男性を引き連れて戻ってきた。
「気分はどうですか」
医者と思われる男は、挨拶も説明もなく質問をしてきた。
「体が重いです。どうして自分がここにいるのか覚えていないです」
「病院へは5日前に運ばれて来ました。自宅で倒れていた所を同僚が発見してくれたそうですよ。症状としては酷い脱水と、軽い栄養失調です。処置後も意識が戻らなかったので、精密検査を行っていますが結果には異常は見られていません」
夢見心地で話を聞いていた。あちらで何日過ごして、ここで何日が経過しているのか。考えてはみたが思い出せないしどうでも良いことの様に思えた。視界の先に見える、日差しの差し込む窓から青空を眺めていると、医者が本題を切り出す様に改まった。
「山口さん。病院としては謝罪しなくてはなりません。入院中に怪我を負わせてしまいました。原因はまだ特定できていないのですが、一昨日、足に切り傷が出来ているのを発見しました。もちろんすぐに処置はさせて頂きましたが、寝たままの山口さんがどこかで怪我をする事はないので何らかの事故か、もしくは誰かが故意に刃物で傷つけたか。いずれにせよ監視カメラの映像なども合わせて調査中です。場合によっては警察へも相談する事になるかも知れません。こちらの管理不足でご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした」
医者と看護師が深々と頭を下げている。自分にとってはそんな事はどうでも良かった。右足には確かに熱っぽい痛みを感じている。
傷は持ち越す。つまり死も両方の世界でリンクするのだろう。
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