第8話 邂逅

右足の激痛で目が覚めた。石造りの床と赤い絨毯が見える。どうやらどこかの床に寝そべっているようだ。壁にかけられた燭台の揺らめく炎が、ぼんやりと周囲を照らし、人影が見える。ハッとして起き上がろうとするが、後ろ手に縛られており上手く起き上がれなかった。何とか体を起こそうと動くが、今度は右足が痛み、思う様に動けなかった。目をやるとおびただしい量の血がズボンに滲み出ていた。


「起きたかい」


聞き覚えのある声がした。寝そべる自分の傍にレベッカが座っていた。自分と同じ様に後ろ手に縛られている。


「レベッカ!無事だったんですね!」


無事だったことと、この窮地きゅうちに知った顔があったことの安堵感で思わず大きな声を出していた。その声に少しレベッカは動揺している様だった。


「私は無事よ。あんたの方が無事じゃなさそうじゃない」


「ええ、足をやられてしまったようで」


「剣で切られたの?」


「わかりません。後ろからだったもので」


「全く。あんたまで捕まるなんて、スクロー中を捜索でもしてるのかしら」


少し考えてから答える。


「あ、私はこのマルダの町で捕まりまして」


「何であんたがこの町にいるのよ」


「あの…」


助けに来たと言ったら不審がられるのではないかと言い淀んだ。レベッカは真っ直ぐこちらを見つめている。ふぅっと息を吐き、意を決して答えた。


「レベッカを助けに来ました」


恐る恐る顔を覗き込むと、レベッカの表情が固まっている。一息置いて戸惑った表情でレベッカが疑問をぶつけてくる。


「は?何であんたが助けようとするのよ」


そこで自分があの時の一部始終を見ていたこと、助けられなかったことを後悔していることを話した。


「まあ、事情はわかったわ。にしても無謀にも程がある」


「そうですよね」


自分でも改めて何故この様な行動を取ったのか理解出来ていなかった。客観的に見て、動機も不十分で、作戦もあまりに無鉄砲過ぎる。レベッカの指摘はごもっともだった。


「それでも、ありがとう」


少し照れた表情のレベッカを見てドキッとした。こんな状況下で場違いではあるが、心地よく胸が締め付けられるのを感じた。


その時、部屋の隅に立っている赤い服の男が目に入り、先程とは別の感覚でドキッとした。その様子を見たレベッカが、呆れた顔で説明する。


「今更なに驚いてるのさ。私が来た時からずっと突っ立ってたよ。こいつらはどういうわけか見ての通りデグだよ。だけど部屋から逃げようとすると全力で取り押さえてくる。あんたが来る前に3回実験済み」


言われて改めて見ると赤いローブを着た男は、ぼけっと正面を見つめてこちらを一瞥もしていない。部屋の奥と部屋の入り口付近に1人ずつ立っていた。どちらも中年の男で自分ほどではないが細身に見えた。

今更ながら部屋を見渡すと、誰か偉い人の部屋の様で、入り口から赤い絨毯が敷かれ、部屋の奥には大きな1人用の机と椅子が置かれている。壁には本棚が複数あり、分厚い本が並べられている。自分とレベッカは入り口から見て左側の壁際におり、その壁にはガラスも何もない小さめの窓が複数開いている。


「ここってどこなんです」


「マルダにある酒場の2階だよ」


「そうですか」


そう言いながら腰に着けていた麻袋がいまだにぶら下がっている事に気がつく。体をよじって袋に手を入れてハッとした。道具が取られていない。自分の手にはナイフの柄が触れていた。

立っている男達の様子を見ながら、体を引きずりレベッカに近づく。


「ナイフを持ってます」


小声で呟くとレベッカは驚いた顔をした後、まるで盗賊の様な悪い顔をして何か考え始めた。


「朝にはデグじゃない兵隊が帰ってくる。今日は司祭も来る。やるなら今しかない」


考えがまとまったのだろう。小声で話した後、あごで何かをする様に合図をしている。正直何をしようとしているのかわかっていないが、最初にやることは決まっていた。自分の手に巻かれたロープを注意深く切り落とした。デグ男達の視界に入らない様に背中をレベッカの方に向けて足のロープも切り落とす。そのままナイフをレベッカに渡した。自分以上にスムーズに手足のロープを切り落としたレベッカが肩を小突き合図をしてくる。


「この後どうするんですか。自分は足が痛くて多分歩けないですよ」


「足が命より大事なら、ここでゆっくり怪我を治したらどう。命が惜しいなら、やる事は簡単よ。走っていって入り口の男をナイフで刺してこの部屋から逃げるのよ」


再び動揺した。命がかかっているとは言え、人を殺すかも知れない。そんなことが出来るか。この足で出来るかどうかもあるが、自分の心がそんな行動にブレーキをかけて失敗するのではないか。そんな事を考え、どんどん心拍数が上がっていた。


「ぼ、僕には…」


背中からレベッカの深いため息が聞こえる。


「良いわ。私がやる。その代わり部屋を出るまでは肩は貸さない。そこまでは自力で頑張んなさいよ」


とにかく自力で部屋の入り口まで辿り着けばレベッカが何とかしてくれる。そう言うことだと理解して構えた。後から考えれば、みっともないかも知れないが、あまりに必死で自分の行動を考える事で精一杯だった。


「わかりました」


「合図したら、3秒で出るよ」


少しの静寂をレベッカの声が破った。


「1。2。3!」

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