第7話 地下

どれくらい眠っただろうか。外は完全に真っ暗で深夜だということがわかる。荷物を持ち予定通り出発した。


まだ慣れない道ではあるが確認した経路を通り、誰にも合わずに目的の場所に到着した。通りに人気は無く灯した松明だけが周囲を照らしている。

近づいて確認すると建物と地面とが接する場所に幅が50cm、高さが30cm程の人がギリギリ通れそうな穴が空いている。だがその穴には鉄格子がはめられておりそのままでは通れなかった。

しゃがんで鉄格子に触れてみると錆びて表面はガタガタでかなり古いものだということがわかる。松明を近くに立てかけ両手で引っ張ってみるが流石に外れない。

紐を鉄格子にくくり付け勢いをつけて引っ張ってもみたが多少枠がガタガタと軋む程度だった。

引いてダメならと、踵で思いっきり蹴飛ばすと思いがけず鉄格子は穴の中へ落ちていった。そうしてガーンという大きな反響音を響かせながら地下の地面に叩きつけられた。


やってしまった。

怖くなりすぐにその場から離れた。松明の灯りに気付かれてしまうことを考え、かなり離れた建物の陰に身を潜めた。

どのくらいの時間が経ったかわからない。だが騒ぎ声は一切聞こえて来なかった。もしかすると老朽化で落ちただけと思われたかも知れない。様子を見に現地へ戻るがやはり人っこ1人おらず、辺りは何事もなかったかの様な静寂に包まれている。

恐る恐る近づき、鉄格子が外れた空気孔を近くで見る。そこには人が通れるだけの穴が空いていた。


中を見ようとそっと頭を近付ける。松明で中を照らそうとするが角度も悪く何も確認出来ない。

麻袋から改めてロープを取り出し、近くの壁の出っ張った石に巻きつけた。外れない事を何度も確認し、次に持っていた松明を穴から投げ入れた。ゴトンという音が響く。中を覗くが石の床が照らされているだけで、人の声や気配は感じられない。ロープを穴に垂らし、うつ伏せで足から穴に入っていく。狭いところに体を通しながら落ちない様にロープに掴まるのは想像以上に大変であったが何とか頭まで通し、スルスルと地下へ体を滑り込ませていった。段々松明の灯りが近づき遂に地面が足につく。周りに目を凝らしつつゆっくりと松明を拾った。


その空間は左右に鉄格子があり、牢獄かなにかのように見える。独特な腐臭に、苔のにおいが入り混じり、むせ返るほどの悪臭が漂っている。空間全体が嫌らしい湿気をまとっており、この場所が長く手入れされていない事が容易に想像できた。


一歩も進まないまま腕だけで松明を左側に向ける。鉄格子と開いた扉が見え、その奥の3畳ほどの空間には、ボロい布の様なものだけが落ちている。右側も同様だった。少しずつ歩みを進め、隣の牢も見るが同じく空だった。牢は左右に3つずつ、最後の牢の先には上へ続く木製の螺旋階段が見える。

ゆっくり進み最後の左右の牢の中を照らすとどちらにも人影の様なものが見えた。恐る恐る左に松明を向ける。寝ているのだろうか、顔はよく見えないが、人がボロを掛けて横たわっている。右側に目をやると同じく横たわっている様に見えた。違和感を感じ、松明をそっと近づける。横たわる人には片腕と片足が無く、その断面には黒いシミが広がった布が包帯の様に巻かれていた。顔を見ると開かれた目は腐りかけており、一目で生者ではない事がわかる。

おぞましいものを見て先程以上に体は硬直していた。奥歯を強く噛み締め、何とか正気を保つ。もう一度左側の牢を覗くと、ボロ布がかかっておりやはり顔は確認出来ないが、布からはみ出した足の肉は削げ落ち、白い骨が見えていた。


レベッカがいないのであればすぐにここを離れるべきだった。しかしあまりの恐怖にどうして良いか分からず立ち尽くしていた。

その時、螺旋階段を登った先にある、重そうな木の扉がガチャリと音を立てて開かれた。


驚きと焦りからか、全身にサブイボが立つ。逃げなくては。


「誰だ!」


すぐに上階から声がした。本来暗闇のはずの地下牢に松明の灯りが点っていれば気が付かれるのも無理は無かった。

すかさず、松明をその場に放り、入って来た空気孔へ駆け寄る。垂らされているロープを探すが暗闇で中々見つからない。その間にも階段を駆け降りてくる足音が聞こえる。震える手を壁に這わせながら手探りで紐を探す。揺れる松明の灯りが、目の前の壁に照らされ、それが徐々に明るくなる。追手が階下に降りて来た事を暗示していた。


「待て、誰だ貴様!」


後ろから聞こえる怒鳴り声と同時に右手がロープに触れる。両手で手繰り寄せたロープを頼りに、一気にジャンプして壁を這い上がる。3歩、4歩と登り空気孔の縁に右手をかけた時、背後からシャーっと金属が擦れる音が聞こえた。その直後、右のふくらはぎを何かで叩かれた。叩かれた部分が燃える様に熱い。


「うわあぁぁ!」


足の熱さと痛みに耐えきれず、叫び声をあげながら、再び忌まわしい牢獄へ落ちていった。

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