第6話 準備

店主の老人はものの数分で皿とグラスを抱えて戻ってきた。野菜と肉を炒めたような料理と並々注がれたビールらしきものが目の前のテーブルに置かれる。感謝を告げグラスの飲み物を一口飲む。それは見た目通りビールだったがそれほど苦味がなくエール系の風味だった。そのままグビグビと半分飲み干した。料理は見た目ほど味が濃くなく、食材の味に加えて少しの塩味を感じる程度だった。肉は固くパサパサしていたが、この空腹の体には贅沢すぎる恵だった。あっという間に平らげエールを飲み干しカウンターをチラリと見ると、仕方ないなぁと言わんばかりの顔の店主と目が合い、グラスにもう一杯のエールが注がれた。


「この辺りで教団のアジトはどこですか」


ビールを飲みながら店主に聞くと、店主の目の色が変わった。


「なんだってそんな事を聞くんだ。教団に何の用だ」


明らかに怒気を孕んだ声色で問われる。


「捕まった知り合いを助け出そうと思っていまして」


突然の圧に屈して素直に答えたことが功を奏したらしく、店主の顔は怒りから驚きの表情に変わった。


「助ける、だって。馬鹿言うな。誰だか知らないが連れて行かれたんならお終いだ」


「でもやってみないとわからないですよね」


「いやわかる。お前が死ぬだけだ」


「無茶はしないつもりです。場所を知っているなら教えてください」


店主はため息をつきつつ質問する。


「お前さん、他所者だろう。どっから来た」


「スクローの漁村です」


「スクローにお前みたいなやつはいない。どこから来た」


ギクリとした。自分でも何でこんな所にいるか分からないし、ここが何なのか分かっていなかった。自分の夢なのか、幻覚なのか。それにしては意識がはっきりしているし感覚も現実としか思えない。


「おっしゃる通り、遠い場所から来ていますが、どうやって辿り着いたのか記憶が無いんです」


理解してもらえないと思っていたが、店主の反応は意外なものだった。


「どういうわけか、お前みたいにこの町に迷い込んでくる奴らは定期的にいる。だが例外なく発狂するなりして教会の奴らが処理をしている」


「処理って何か治療の様なものですか」


店主は少し呆れた顔をしながらも淡々と答える。


「殺されるって意味だ」


覚悟はしていたが、言葉にされるとズシリとくるものがある。店主は続ける。


「だからお前みたいに教会の奴らを探そうとする奴なんかいない。みんな避けて隠れて暮らしてる。お前もこんな所にいないでスクローに戻るか山にでも行って隠れて暮らせ」


「待ってください。迷い込んで来た人で未だにどこかに隠れている人がいるんですか」


「この辺りにはいないだろう。居るとすれば西の山岳を超えた先のホセだな。まあもう生きちゃいないだろうが」


「その町はここからどのくらいかかりますか」


「2日ありゃ着くだろう。ただしこの町から真っ直ぐ向かうと教会にぶつかっちまうから湖から迂回して行く必要がある。そこを超えれば山道を登るだけだが、湖は気をつけろ。何人も持っていかれてる」


「事故ですか」


「そういうていだがな、そうじゃねぇと見てる。何かがいるんだ。帰って来れた奴らは口を揃えて、異形だか亡者だかに呼ばれるって言ってる」


ゴクリと唾を飲み込む。教会を正面突破した方がマシなのではないかと思ったが黙っておいた。


「わかりました。準備してそこへ向かってみます。ホセへの安全なルートとこの町の教団のアジトを教えて貰えますか」


「それでもアジトに行くっていうのか」


店主は呆れながらもそれぞれの場所と道筋を教えてくれた。

この町にあるアジトは2つで1つは町を出た西にある大きな教会だった。もう1つは先程入ろうとしてしまった酒場だった。酒場は2階建になっているが地下もあり教団が捕らえた人間はそこに幽閉されているらしい。


「無駄だと思うがどうしても行くっていうならナイフとロープは準備した方が良い。あとは松明もな。酒場の東側には空気孔がある。あれは恐らく地下の部屋に繋がっているはずだ。入れるとすればまずそこだ。もしこじ開けられればの話だがな。通りに面しているし人目に着く可能性もあるが店の中を通って向かうよりは現実的だろう」


「なるほど、ナイフは何に使うんですか」


「他所者はそんな事も知らないのか。ナイフは肉を切る為の道具だ。教会の連中に会った時にそいつらの肉に突き刺すんだよ」


覚悟していたつもりだったが面と向かって言われるとそんなこと出来る自信が無かった。でも自分がやられるくらいならやるしかない。


「道具ってそんなに安く買えますか。ここのお金も払わなきゃですし」


「ナイフとロープを合わせても10コインもかからんだろう。飯は5コインで構わん。宿泊と合わせて10コインにしておいてやる」


「本当ですか、ありがとうございます」


感謝を伝えつつも最初思いっきり吹っかけられていたことに気がつき、モノの価値を覚えていこうと思った。


町の中心部へ戻り言われた通り、太く丈夫そうな15cmのナイフと7mほどのロープ、それらのものが入れられる麻袋と松明を買った。店主の言う通り全部で10コインに満たないほどだった。

ひと通り道具を揃え宿に戻る道中、アジトの東側の通りをこっそりと見に行った。裏通りだが道幅はそこそこあり人通りも少なくは無かった。そして店主の言う通り建物の下部には少し地面を掘った様な所があり遠目ではあるが空気孔の様な隙間が確認できた。

宿に戻ると夕方で辺りは暗くなり始めていた。酒場の2階のボロ部屋へ行き荷物を整える。決行は今夜だ。準備を終え体を休める為に、重ねた木の板に布を被せただけのベッドに横たわる。

そのまますうっと眠りに落ちた。

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