第3話 夜越
明かりを目指し10分ほど歩くと見覚えのある看板が見えてくる。以前とは別の方向から酒場を目指していたようだ。その結果、見たくなかったが再びあの晒し首の前を通ることになった。仕方なしに目をやると、相変わらず3つの首が並んでいる。その脇に看板のような物が立てかけられていたが、暗く距離も離れている為、文字は読めなかった。
酒場は以前と同様に入り口から灯りが漏れ、人の気配を感じられた。恐る恐る店の扉を開けると、店内は広く複数のテーブル席が並んでいた。夜も更けている為か客は2人しかおらず、それぞれ1人で飲んでいるようだった。カウンターには1人のマスターが立っている。みんなが一斉にこちらを向き少しドキッとしたが、すぐに興味なさげに目を背けたので店内に入り込むことができた。
軽く雨を払ってから、マスターの近くまでテーブルの合間を縫っていく。
「あの、宿って空いていますか」
話しかけてから気がついた。お金を持っていないのでは無いか。
「空いている」
コップを布で拭きながらぶっきらぼうに答える。
一応聞いてしまった手前続けてみた。
「いくらで泊まれますか」
「1泊10コインだ」
コイン。通貨は何なのか期待したが思ったより汎用的な回答で少しがっかりした。
ポケットを探りコインとやらを探す
「わかった、やめておきます」
マスターは少し驚いたような顔でこちらをチラリと見てから、また何事も無かったかのようにコップ拭きに戻った。
どうしたものかと店を出ようとすると、客の1人が声をかけてくる。
「いくらなら出せるんだ」
「いや、それが無一文みたいで」
そういうと一瞬間があったのちに、ハハっと笑われた。
「うちの馬小屋で良ければ泊めてやろうか」
「本当ですか」
「おう。で、あんたどこから来た」
「うーん、ずっと遠くです」
そういうと、ふーんとそれ以上は詮索しない様子だった。
「店を出て左奥にまっすぐ伸びた道の先に石の橋がある。その橋の手前右手が俺の家だ。隣の小屋を勝手に使って良いぞ」
「ありがとうございます」
その方向は以前の夢で歩いてきた方向だった。石橋なんかあったかなぁと思いながら店を出ようとすると、馬に蹴られないようにしろよと忠告してくれた。
雨の中、言われた道をトボトボと歩いて行く。先ほどまでの道とは打って変わって真っ暗で、背後からの弱々しい灯りだけが頼りだった。歩いたことのあるはずの道だったが、闇によって全ての感覚が無くどのくらい歩いたか分からない。ようやく前方に灯りが見えてくる。近づくにつれ川のせせらぎも雨音に紛れて聞こえる気がした。この家で間違いないようだ、それは昨晩見た夢の最初に出てきた
張り詰めていた気持ちが途切れたのか、気がつけば全身にかなりの疲労感を感じる。藁に横たわるとそのまま気を失う様に眠った。
意外なことが起きた。目を覚ました場所が変わらず藁の上だった。てっきり眠ってしまえば、この夢の世界から離れられるものだと思い込んでいた。
昨晩の雨は上がり、小屋の外からは光が差し込み、どことなく朝なのだという空気を感じる。しかし差し込む光が相変わらず赤みがかった色をしていた為か、建物の屋根の下など陰になっているところは目を凝らさないと何があるのか見えないほどに暗かった。まるで太陽に赤色のフィルターをかけているかのように世界がボヤけているように感じる。
起き上がり外に出ると人の話し声が聞こえた。どうやらこの家の前で立ち話をしているようだ。
「…町の外って。ホセから来てるの」
「いや聞いていないが、無一文って言うから違うだろう」
「ちょっと、大丈夫なの。教団の人間に知られたら危ないかもしれないじゃない」
気まずいとは思いつつ、家の前の方へ歩いて行くと、昨日酒場で話した男と、若い女性が会話をしていた。
男は改めてみると大柄で170cm(168.8cm)の自分よりも10cm以上は大きく見えた。体つきもガッチリしており力仕事で鍛えているのかなという印象をもった。
対する女性もすらっとしており自分とさほど変わらないくらい背も高かった。ベージュのシンプルなワンピースを着て頭にもベージュのバンダナを巻いていた。年は20代後半くらいに見え、化粧気がなく田舎っぽさはあるが、堀の深い目元から伸びる細く綺麗な鼻筋と、薄くキリッと結ばれた唇は、中々お目にかかれないレベルの美しい顔立ちを作っていた。
こちらに気がついた2人が同時に顔を向ける。
「よう。眠れたか」
「はい、横たわった瞬間寝てしまいました」
男はハハハと笑っているが、横の女性は変わらず厳しい視線を向けていた。
何か言った方が良いのかなぁとモジモジしていると、向こうから話しかけてきた。
「あんた、どこから来たの」
「あー、遠くなんですけど、わからなくて」
「わからないってどういうこと。何か隠してるんじゃ無いでしょうね」
「そんなことないです。記憶が曖昧で」
「名前は」
何故か名前を思い出せずに考え込んだ。
「…ふーん、まあ良いわ。私はレベッカ。そこの家に住んでるから。妙なことをしたら町からつまみ出すからね」
そう言いながら
「俺はベンだ。落ち着くまでは馬小屋は貸してやる。困ったことがあったら相談しろよ」
「ありがとうございます。助かります」
最後まで疑いの視線を向けたままレベッカは去っていった。最初こそどうなることかと思ったが、話せる人間がいる世界であったことにほっとしていた。
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