第十三話 回想 坊ノ岬沖海戦 

1945年4月6日。

戦艦大和はアメリカ軍に占領された沖縄を救うべく出航した。

大和は一億総特攻の魁となれと、全国民の期待を最後まで背負ったまま、沖縄に向かった。


さぞかし辛かったろう。


さぞかし苦しかったろう。


さぞかし悔しかったろう。


戦艦大和という生涯は、長いようで短かったろう。

それはさくらの如し、咲いて散る。


大和は、国民の期待に応えるべく、幾度となく巨大な海戦に参戦したが、結果は聞くも無残な結果ばかり。

時代は航空機の時代、その世界一の主砲をもってしても、活躍させることはあまりなかった。


自身の力を出せぬ悔しさ、国民の期待の重さの苦しさ、空を駆け巡る相手に手も足も出ない辛さ。

それが戦艦大和の感情だったろう。


だがしかし、その苦しさ、辛さ、悔しさももう終わる。

自身の死は目前なのだ。


護衛航空機は一機もない、戦艦という物の大和だって無謀な作戦だということはわかっていたはずだ。

それも、大和だけでなく、翔含め乗組員全員も同じく。


大和は航路を偽装していたが、それもバレてしまい、沖縄方面に直進する形となって進んだ。

蒼く黒い海、波が大和の船体を叩く。

そして、運命の時間は近づいていった。


1945年4月7日十二時四十分。

翔は防空指揮所にて、米軍航空機の警戒をしていた。

そして、運命の時は動き出す。


「左二十度!米軍航空機約50機、突っ込んでくるぞ!!」


監視役の乗員が叫んだ。


「主砲三式弾、左舷砲撃開始!対空戦闘用意始め!」


翔が伝声管に叫ぶ。

大和の主砲が左舷二十度に動き、仰角最大に主砲の砲身を上げる。そして、計九本の砲身が火を吹く。

凄まじい轟音が響き渡った後、多くの乗員が艦内から出て、機銃などの持ち場につく。そして高角砲、機銃など、あらゆる対空兵装が敵機相手に弾を飛ばす。

敵機等は魚雷、爆弾などを次々と投下していく。


「面舵いっぱい!」


『お〜もか〜じいっぱ〜い』


翔はその被害をなるべく防ごうと、魚雷などを避ける指示をする。

しかし、それも悪足掻と同じだった。

敵航空機等は機銃による攻撃を開始した。

大和の機銃に居た者達や、高角砲に居た者達の殆どは敵機の機銃の斉射により死亡してしまった。

左舷は死体だらけ、血が甲板や壁に飛び交い、そこは当に地獄だった。

米軍は新たに魚雷爆弾を積んだ航空機を送り込み、大和に再び爆弾魚雷での攻撃を開始した。

さらに大和は左に傾斜する。


そして……2時間の時がたった。


「……艦長に、総員退艦命令を頼もうか」


伊藤整一は左に傾いた艦橋の中でそうつぶやいた。

そして藤野翔はその頼みを承諾する。


「皆お疲れさまでした。誠に殘念だったね……」


総員退艦命令が下り、次々と乗員は大和から飛び降りていく。

その中で、伊藤整一と藤野翔は各室に向って歩こうとした瞬間。


「長官、貴方は生きてください」


翔が突然、そう言った。


「いや、私はこの大和と共に海に沈むよ」


「この艦の責任者は私です。大勢の乗員を死なせてしまった……なので、変わりになるとは言いませんが、どうか、貴方だけでも……」


「……それは駄目だ。沖縄方面に直進しなければ、まだ航路を偽装していればバレなかったかもしれない。だから私の責任だよ」


「いえ、それは違います!それに、この悲惨な戦いを、もう二度と引き起こさないために、後世に、私達の勇姿を、語っていただきたい……!お願いします……これが私の、最後の願いです」


「……………」


伊藤整一は黙って土下座までした藤野翔の姿を見ていた。


「……分かった……、すまないね。それでは、最後まで大和を頼むよ」


「はい!」


精一杯敬礼した藤野を背に、伊藤整一はゆっくりと、退艦しに、甲板上に向かった。



藤野翔は艦長室の扉をゆっくりと開ける。

硬く鍵を閉める。


そして、もう二度とその扉が開くことはなかった……。



俺は、艦長室で煙草をふかした。


「フゥー……大和……共に、散っていった英雄たちの元に行こう。彼等と共に、この日本を遠き空から見守ろうじゃないか」


俺は一人、孤独に艦長室でそうつぶやいた。

胸ポケットから、1枚の写真を取り出した。

我が子と、雪那の写真だ。

頬に一筋の水が流れる。

すると、大和の艦内に続々と水が入り込んでくる。

艦長室にもその水は達した。

そして、一瞬にして水は艦長室内を埋め尽くした。


俺が意識を失う瞬間だった。


『……ごめんね』


そう、可愛いらしい声が聞こえ、光に包まれた透明な女性が俺を抱きしめた。

大和艦内が光りに包まれた。

冷たかった海水が温かく感じる。

すると、白い光が大和を包んだ。


機から見ると、それは爆発したように、大和はこの世界から姿を消した。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


乾いた艦長室で俺は目を覚ました。

ガラスが割れた舷窓から一筋の光が顔を照らす。


「……ここは……」


天国か?まぁ、出てみないと分からんな。


俺は外に出た。

すると、そこは洞窟のようで、島の入り江のような場所だった。

ポケットに手を入れ、ボタン全開にした海軍制服が靡く。

すると、藤野翔は一人の少女が目の端に映った。

その少女は不思議な顔をしている。


「貴方は、「漂流者」……ですか?」


「漂流者?何を言っている……」

俺は小さく呟いた。


「私は大日本帝國海軍聯合艦隊旗艦戦艦大和艦長藤野翔だ。お前は誰だ?」


そして、月灯の姫君、カスミと知り合い、数ヶ月の日がたった。

俺は一人、艦長室で蝋燭の火を灯し、この世界の書籍を読み漁っていた。

カスミから色々聞いた分、より自分が元の世界に戻れる可能性があるのではないか?っという気持ちが大きくなった。

大和が動かず、やることがないためこの世界の知識を広げていたのだ。

艦長室にノック音が響く。


「入れ。どうせカスミだろう」


カスミしかいない。

この場所を知っているのは。


「失礼します」


「今回は何のようだ?」


「今回は合わせたい人が居ます。さぁ、此方に」


カスミが艦長室の扉の向こうに手招きをする。

そこから現れたのは……自分だった。

この世界の仕組みを知っている俺は、大して混乱はしなかった。

そして、礼儀として自己紹介をする。


「私は大日本帝國海軍、聯合艦隊旗艦、戦艦大和艦長藤野翔だ。よろしく」

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