第十話 誘拐

会議の内容を一通りまとめ終えた時だった。

艦長室にノック音が響く。


「入れ」


成斗が艦長室に入ってくる。


「兵装整備、終了しました!試験運転を開始したいのですが、よろしいでしょうか」


「あぁ、わかった。成斗、お前に指示を任せる。俺は内容整理で忙しいからな」


「はい。分かりました。それと、山本司令から伝言です」


……?

山本元帥から伝言だと?


「なんだって?」


「えっと、『翔君、君もしばし休憩が欲しいだろう。だから、内容整理が一通り終わったら長官公室に来てくれ』っとの事です」


休憩……将棋でもするのか。


「あぁ、分かった。大和を頼んだ」


「はい!分かりました。それでは、失礼します」


成斗が敬礼して扉を閉めた。

俺は小さくため息を尽き、再び机に向かった。



俺は呼び出され、長官公室にて山本五十六と将棋を打っていた。

先行を譲られたので、俺は『角』の右上の『歩兵』を前に動かす。


「燃料関係についての問題はこれからだな」


山本五十六も『角』の右上の『歩兵』を動かす。


「そうですね……『魔力』っというものにつてよくわからない上、燃料補給も確実に出来るというわけではありませんし……」


「その分にしては思いきった事をしたな。大和を試験運転させるとは」


山本五十六は少し笑う。

俺は『金将』を左上に動かす。


「まぁ、動かないと何も出来ないような気がしたので、ここは思い切りましたね。ですが、一番避けたいのが、大和や武蔵、信濃のどれかだけだったとしても、大海原のど真ん中で立ち往生する……っと言うのですかね」


「そうだな。海上で燃料補給する駆逐艦も居ないからな」


山本五十六は『角』の横に一マス開けるように『飛車』を動かす。


「護衛艦が居ないっていうのはかなり痛いですね。潜水艦への攻撃手段がない」


「駆逐艦相手となると、小回りが効かない。航空機の攻撃しかないが、潜水艦で母艦がやられた場合、どうすることもできない」


「……駆逐艦や巡洋艦の建造しかないのでしょうか……」


「それは難しいな。専門の開発者が居ないのに加え、資源も建造ドッグも無い。資源が無ければ、主砲の砲弾や爆弾も作りようはない」


「砲弾や爆弾は分解して中身を真似して作れば量産は恐らく可能です。やはり一番は資源ですね……」


「資材があれば修理も出来る。今は激しい海戦になったとして、修理が出来ないからな。次の海戦には参加不能になるだろう」


「確かにそうですね……やはり資材が最優先にするべきでしょうか……」


「いや、もう一つある。最優先問題は資材と食料問題だ。食料が無ければ士気も下がってしまう。それに私は水まんじゅうが食べたい」


この世界同様、山本五十六の好物は水まんじゅうであったと言われている。


「水まんじゅうですか。確か一度勧められて食べたことがありましたね」


「美味かったろう」


「はい。砂糖をつけて食べました」


「ははは!分かってるじゃないか!……しかし、将棋の腕はまだまだだな。王手だ」


山本五十六はそう言いながら前に飛車が成った『龍』を動かした。

気づけば俺の王将は既に包囲されていた。


「え!?い、いつの間に……」


さっきまで俺が優勢だったのに!


「ハッハッハ!『飛車』をまんまと敵地に出すのが誤算だったな」


「やはり将棋では絶対に山本司令には勝てませんね……」

俺は苦笑いをする。


「そんなことはない。中盤までは私も負けそうだった。しかし、一つの誤算が失敗を招いた。「戦略的撤退」という物を覚えておきなさい。君の悪い癖だ」


「とほほ…………そうですね。頭の中に叩き込んでおきます」


その後、俺は少し山本元帥と談笑をした後、試験運転終了の報告があり、俺と山本元帥は艦橋に行った。


機関長が話し始める。

「えー、試験報告を致します」


全員が息を呑む。

今後の燃料問題がどうなるか……なのだから。


「燃料は、大和の燃料は……測定すると凡そ一滴だけ・・・・減っていました」


「い、一滴だけ?」

成斗が呟く。


全員が驚きの表情になった。

燃料は減っていた、しかしあれだけ走って一滴とはどういうことなのだろうか。


「確かに減っていました。しかしアレだけ大和が走って一滴だけというのは可笑しいのです」


そうだろうな……。


「我々の憶測なのですが、大和が燃料とする「重油」、と、この世界に存在する「魔力」とで化学反応を起こしているのだと思います。なので、燃料補給をせずとも大和は超長距離の航行が可能かと。ですが、決して燃料が減っているわけではありませんので、燃料が尽きるとそこでおしまいです。恐らく、砲身も交換こそしなくて良いものの、内部で修理をする必要はあるかと」


思っていた報告と違ったが、燃料補給については暫くしなくても良いということだ。

しかし、一応燃料の確保はしなければならない、という訳か。


「分かった。ありがとう。休憩してくれ構わない」


俺が機関長にそう言うと、礼を述べ艦橋を降りていった。


「想定外過ぎましたね……」

俺は山本元帥に言った。


「そうだな。しかし、燃料問題についてはこれで一応解決というわけだ」


「そうですね……けれど一応燃料の確保はしなければなりませんね」


「あぁ」


その時だった。


「11時方向!電探に多数の反応あり!その数、凡そ九!」


「「「ッ……!」」」


……ッ!?

俺は即座に命令を下す。


「総員、戦闘配置!」


多くの乗員が甲板上を走り回る。


「山本司令、武蔵と信濃にも伝えておいたほうが良いでしょうか?」


「あぁ、やっておくほうが良いだろう」


通信長が武蔵と信濃にも通信し報告する。

しかし急な出航のためか、少し時間がかかるとのことだった。


「先に攻撃するのは悪手ですよね」


「恐らくな。通信長にあらゆる方法で警告を出しておいたほうが良いだろう。後は君の判断に任せる」


「分かりました。通信長、敵艦にあらゆる方法で警告を送れ!」


返信内容によっては攻撃するか……。

最悪の場合は全艦轟沈させるしかないな。


「了解しました!」


発光信号、打電、無線、あらゆる方法で警告を送った。

すると、相手から打電が返ってきた。


「敵艦から返信!『我々ハ”ツキビ”ノ精鋭艦隊『ヨザクラ』デアル。貴殿等ハ誘拐ノ罪二アリ。繰リ返ス。貴殿等ハ誘拐ノ罪二アリ』っとの事です!」


「誘拐だと?ツキビ……。ッ……!?もしやカスミ達のことか!」


俺の脳内に過った可能性として、何かしらの信号発信によってバレた可能性があった。

しかし誘拐というよりも、捕虜として保護しているだけだ。

それに、速くカスミとソヨカを祖国に返してやらねばな。

一度異国の者とも話したいものだ。


誘拐だと?そんな偽情報誰が流した。

俺達、大日本帝国海軍軍人、日本人への冒涜だぞ!


大日本帝国海軍軍人と言うだけでなく、日本人として、そんな愚行は絶対にしないと、翔は決めている。

つまり、翔にとって、日本人への冒涜なのだ。


「今すぐ打電で返信しろ!「我々は保護しているだけだ。一度話したい事がある」とな!勘違いされるかもしれないが、最後の警告として送れ!」


すると、了承の返事が返ってくる。此方は乗艦許可をだす。小舟がオールを出して此方に向かってくる。

そして、俺は甲板でツキビの民を待つ。

階段を上がってきたツキビの民は和服を着ており、軍人には見えなかった。


異世界の国の民……話すのは初めてだな。

俺は少し汗を掻く。


緊張をほぐすため、俺はツキビの船を見る。

あの形……戦艦三笠か?

いや、ソレにしては小さいな。単装砲だし、砲艦宇治といったほうが正しいだろうか。


その主将らしき和服をきた老いぼれた男が山本五十六と俺の前に立つ。俺は敬礼をする。


「私は「連合艦隊所属、日本やまと艦隊旗艦、戦艦大和艦長藤野翔」です」


山本五十六も敬礼をする。


「私は、「連合艦隊司令長官山本五十六」です。この度は遠くの祖国からここまでの訪問、何がありましたかな?」


すると、和服の男も敬礼をする。


「ワシは「月灯第一戦隊『ヨザクラ』司令長官イマガワ ゲンブ」というものです。此度は我等が姫君、カスミ様とソヨカ様をお迎えに参りました。して、話したい事と言うのは何のことですかな?言い訳は聞きませぬぞ」


我々が誘拐したなどということは見直してもらわなくては困る。

その事について気がかりになっていた。一度抗議させてもらおうか。


「カスミとソヨカは海賊にさらわれており、我々はその海賊に攻撃されかけたため、先手に砲撃し、殲滅、その後、生存者を探索中彼女等を見つけたのです。決して誘拐などという愚行はしておりません」


しかしゲンブは訝しんだ。


「ソレは先手に攻撃し、カスミ様とソヨカ様に何かあったらどうしていたのですかな?」


く……痛いところをついてきやがった。


「それは我々も貴国の姫君が乗船しているなどとは知らなく……」


「しかし海賊から「攻撃と見なされる攻撃」はしてないのでしょう?」


は?なんだコイツ。馬鹿なのか?だからカスミ達が居たなんて知る由もなかったんだよ!


俺の中で怒りが少しづつ大きくなっていく。

しかし、日本人として、大日本帝国海軍軍人として、その怒りを表には出さずにする。


「警告を無視したため我々は攻撃しただけであり、何度も言うが貴国の姫君が乗船していたなどということは……」


ちょっとした口論になっていた所に一人の声がかぶる。


「ゲンブ!」

カスミだ。


俺も、その聞き覚えのある声に振り向こうとしたが、ゲンブの方が振り向く速度、そして彼女へ向かう速度が速く、翔はゲンブが走っていく速度に追いつけずそこでクルクルと回った。


「あぁ姫様!よくご無事で!」


二人が抱擁ほうようしようとした瞬間だった。

肌が肌を思いきり叩きつける音があり響いた。

ゲンブはいつの間にか空中で円を描くように回りながら飛んでいた。そして甲板に落ちる。


「私の命の恩人に、なんという無礼なおこないを!」


「ひ、姫様、私は姫様方を案じて……」


「黙りなさい!この事はお母様にお話させて頂きます!」


「そ、そんなぁ……」


カスミは此方を見る。


「すいません。うちのゲンブがとんだ無礼を……」

カスミが頭を下げる。


「い、いや大丈夫だ……です」


今思えばやはり姫様なのか……。

接し方は気おつけないと。


カスミが頭を上げる。

しかし、その顔は何か違った。


「翔様、お母様……いや、「コユキ ビャクヤ」様がお呼びです。共に参りましょう……我が祖国へ」


「え?」


その瞬間、爆音の羽ばたく音と共に、巨大なカラスの様な生き物が俺を掴み空に急速に上昇した。


「ぐっ………!」


まずい……意識、が……。


急速な上昇により、頭に血がのぼりクラクラする。

最後に見えたのは小さくなった大和だけだった。



「翔君!」


「先輩!」


成斗と山本五十六が叫び、カラスの様な生き物を掴もうとするが、時は遅く、掴むことは出来なかった。

甲板上にいた者達がザワザワとしていた。


カスミはソヨカの手を引きながら小舟に乗ろうと階段を降りようとする。


「おい!今すぐ艦長を連れ戻せ!」


俺は叫んだ。

しかし、カスミ達は止まろうとしない。

ゲンブという男も急いで小舟に乗る。


「山本司令!ご指示を!」


山本五十六は少し悩む。


「……最大戦速!主砲装填九一式徹甲弾!急いで艦内へ退避しろ!目標はツキビ国艦!」


大和乗員達は急いで艦内へ急ぎ、成斗と山本五十六は艦橋に登る。

大和の主砲がツキビの艦艇に標準を定め、あとは打つだけだったたその時だった。

眩い光が膨らんだかと思いきや、霧が彼等の艦艇の周りから現れる。霧はどんどん濃くなり、彼等の艦艇が見えなくなりそうになる。


「主砲、撃ててぇーー!!」


見えなくなるギリギリの時、大和の主砲が火を噴いた。

結構な至近距離、確実に当たる、と、思っていた。

直ぐに霧が少しづつ晴れる。


「なっ……!。……き、消えた……だと……」


成斗が驚きの光景に言葉を漏らした。

そこには、まるで最初から何もなかったかのように、艦も、波が艦に当たり表れる飛沫も、何もなかった。




そこには、何の変哲もない海があった。




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