第30話 帰路の2人

「そろそろ帰ろうか」


 ササケンの声がダンジョンの石壁で響く。


「翔吾くんも3層目への階段は、自分で探したいだろ?」


 俺はササケンに2層目までしか進んでない事を伝えたか?などと俺の中に過ったが、そんなモヤモヤした感情は魔物には関係ない。蟻がいなくなった分増えたヘビとトカゲが容赦なく襲ってきた。俺は帰り道も忙しい。


 魔物が必ず落とす野菜、ニンニクとトマト。まるでイタリア料理店用のダンジョンではないかとも思えてくる。

 そうだ、ダンジョンを出たら瑠奈に伝えておかなくては。


「何ニヤけてるんだ?」


 ササケンが後方から声をかけてきた。

 図星だったので


「なんで後ろにいて顔がわかるんです?」


 と俺が聞き返す。


「大人になるとわかるよ。自分の能力はなるべく隠しておいた方が良い」


 1層目に登る狭い階段に響くササケンの言葉はしんみりとしていて、芝居掛かったこれまでよりも感情がこもっている。なんだか俺もセンチな気分になった。


「で、ニヤけた理由は?」


 とササケンが蒸し返す。

 仕様がないので、ダンジョンの出口へ向かう道中は瑠奈や万里華さんと一緒にダンジョンに潜った話を聞かせた。


「どっちがタイプなんだ?」


 などと言うササケンを無視していたら、いつの間にか俺たちはダンジョンの入り口に戻ってきていた。


 ぶるるとスマホが震える。

 メッセージは海老沢夏希からで


『やったよ

 来週もよろ』


 と絵文字付きで送られてきていた。


「違う女か?」とササケンが覗き込んできたので、俺はさっとスマホを隠した。


「晩飯とか、泊まるところとか決まってるんですか?」


 俺は話題を変える。


「いや、スマホで調べりゃ何とかなるだろう」


 そう言いながら、机に並べた野菜を2人で分けた。彼が欲しいのはニンジンとトマト、それにニンニクとレンコンだそうだ。あとは、1層目のスイッチを上げて貰える野菜。彼が自力で採った野菜は1個だけだが、当たり前のように半分を自分のマジックバッグに詰めた。


「だって、俺が見つけて俺のアドバイスがあってこそのこの量だろ?」


 言い返せないのは悔しいが、明日は朝から潜る約束をして店を出た。



 目の前は人の波である。アーケードは人で溢れて、なかには浴衣の若者が混ざっている。


「今夜、前田浜の花火大会だったわ……」


 という俺の呟きに


「じゃあ、泊まるところないじゃん……」


 とササケンが天を仰いだ。


「親の返答次第ですけど、ウチに泊まりますか?」


 と俺が聞くと、ササケンは「お願いできるかな……」と弱々しく返してきた。


 母へササケンを連れて帰る事と泊まる事を伝えると、了解やわかったのメッセージの代わりに、『刻み海苔買って帰って』というメッセージがきた。『ササケンが飲む分の酒は自分で用意するように伝えて』とも送られてくる。

 それをササケンに見せると、苦笑いして頭を掻いた。


 自転車をもう一度店内に片付けて、ササケンと徒歩でカツナリに向かう。たんまりと缶ビールと酎ハイを買い込むササケンは、俺の刻み海苔とソフトさきイカも一緒に会計してくれた。

 夕方なので万里華さんはレジにはいなくて、彼女をササケンに紹介せずに済んだのは正直ありがたかった。

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