第3章 次の層へ

第13話 野菜をあげる約束

 幸いなことに、昨夜忍び込んだ俺のことを姉は見えていない様だった。

 いつもは昼前まで寝ている姉は、夏期講習に行く俺より早い時間に朝食に起きてきており「今日、図書館で調べもの〜」などと食卓に肘をついている。


「昨日の夜、また変なの見たわ」


 俺はドキリとする。


「また元カレの生き霊?」


 コーヒーを俺に渡しながら母が聞くと、


「いや、初めて見たやつだったわ」


 などとテーブルに突っ伏した。

 俺は何気なく聞く。


「顔とかわかんないの?」


「わかんない、気配だけ」


「電気つけてれば見えるんじゃない?」


 と俺が言うと


「普段は優しくしてくれる人だったらどうすんのよ」


 姉にとっては生き霊確定なのが面白い。

 痩せ型で派手すぎず、気さくで口が上手い。確かにモテそうで、かつ勘違いを受けそうで、そして生き霊が寄ってきそうだ。


「じゃあ、とっとと彼氏を作って、勘違い男子を遠ざけなさい」


 母はズケズケと言う。


「こんな時、ラノベならイケメンの弟がいるのに〜」


 突っ伏したままの姉が顔だけこちらを向いたので


「うるせー」


 と俺は返した。

 女性陣はイヒヒと笑った後、テレビの占いランキングに視線を向ける。



 朝の教室、おはようの挨拶を交わしていると


「マルモ、明後日ヒマ?」


 バスケ部の長身ショートカット女子、海老沢夏希が声をかけてきた。丸森翔吾、あだ名は大抵マルモである。

 海老沢である、デートの誘いでは無い事は明白だが、隣の席の八木は目を見開いてこちらを見ている。


「ヒマだけど…どうした?」


 八木の視線が痛い。


「明後日、成海女学院と練習試合なんだけどさ…、例のピクルス持って応援に来れないかなぁ……なんて…」


 俯き加減に頼んでくる海老沢は、絶対に八木の視線を意識してやがる。


「ふんっ」と鼻で笑う俺は


「明日野菜持ってくるから、自分で作れよ。ウチの母親からピクルスの作り方も聞いといてやるからさ。あっ、ソフトさきイカ買っとけよ」


 ニヤりと笑う海老沢は「ありがと」と俺の肩をバシバシと叩いた。


「ところでさ、海老沢の家ってどの辺?」


 住所を訊けそうな女子にはとりあえず訊く。昨晩の轍は二度と踏まない。


「えっウチ?狸橋のあたりだけど…。

 もしかして、マルモってストーカーの気があるの?」


「んな訳ない。なんとなくだよ、なんとなく」


 まぁ誤魔化す俺は、ストーカーというより覗き魔なんだけどさ。

 しかし狸橋とは…狸橋は高校を挟んで反対側である。自転車で急いで20分、ん?幽体離脱後に自転車って乗れるのか?




 スーパーカツナリで今日も昼飯を買う。ばくだんおにぎり3個とお茶のペットボトルを2本持って万理華さんのレジへ。


「将吾くん久しぶり」


 そう言いながら万理華さんがバーコードを読み込ませる。


「昨日は休みだったんですか?」

「そう、ウチは平日休みが多いな。土日入れると給料が良いんだ」


 喋りながらでも手が止まらないのはすごい。


「ところで万理華さんってこの近所に住んでるんですか?」

「むふふ、ストーカー予備軍には教えられませ〜ん」


 と大人の切り返しを見せられた。

 何度も言うが、ストーカーではなく覗き魔なのだが……。

 今日もセミセルフレジに50円玉を放り込んだ。

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