第2章 わかってきました
第6話 違いに気付ける男
翌朝、俺は通学途中に商店街に寄り、叔父のリビングの冷蔵庫に【簡単ピクルス】をタッパーごと入れる。念のため、1階の奥に例の扉があるのを確認して補習授業に向かった。
制服のズボンの右ポケットには、昨夜部屋に落ちてきた50円玉の束が入っている。
結局、何が足りなくて幽体離脱が出来なかったのだろうか?自転車のペダルを漕ぐ足は、いつもより鈍かった。
教室に着くと「おはよう」と同じ野球部の松本が声をかけてきた。俺もおはようと返す。
「寝不足か?」
松本は心配そうな話ぶりだ。叔父のことで悩みがあると思っているのだろう。
俺は試しに、幽体離脱の事を聞いてみた。
「なあ、幽体離脱ってどんな時に起こると思う?」
「何だそりゃ、わかるわけないだろそんなの。お前そんなくだらない事で思い詰めた顔してたのか?」
松本よ、幽体離脱は俺にとっては重要な事なのだ。
「体が疲れてたんじゃないか?」
という声は隣の席に座る八木。小柄で短髪、いつも眼鏡をかけているが本を読む時だけ裸眼になる男だ。
「極度に疲れた状態で、でも現実に解決しなきゃならない悩みや心残りがある時に起こるらしいよ、幽体離脱って」
八木の説明に、おおっと俺と松本から声が漏れる。
つまり、昨日は体が疲れてなかったのか。
「でも、何でそんなこと考えてるんだよ。もしかして、お前の家族に夢遊病みたいに昼間ぼーっとしてる奴でもいるのか?」
八木が考えなしに聞いてきたので、俺が家族に問題を抱えていると思っている松本は焦っている。
「いや、幽体離脱でも出来たらエロい事し放題だななんて考えてさ…」
正直に答える俺に
「聞いて損したわ」と八木。
「俺なら催眠術がいいな」と松本。
授業が始まるチャイムが鳴った。
放課後、今日もカツナリで昼飯を買う。暑いので冷やしうどんといなり寿司を買った。
少しだけリッチなのだ。
万理華さんのレジに並び、誇らしげに真新しいポイントカードを出した。それを見た万理華さんは
「ねえ、この店って……君のウチからも学校からも遠いよね。近くに塾でもあるの?」
今日は俺の後ろに列が無いので話しかけやすいのだろう。
「自宅よりも叔父さんちの方がエアコンが効くってだけですよ」
納得のいってない万理華さんの顔を横目に、セミセルフレジに50円玉をぶち込んだ。
「…壊さないでよね…」
という万理華さんの気怠そうな声が聞こえた。
リビング。スマホのラジオアプリで、高校野球の夏の県予選の準決勝を聞きながらうどんをすする。
中学時代に対戦した時は手も足も出なかった一学年上のピッチャーを、名門校がコテンパンに打ち崩す一方的な展開になっている。
「やっぱり名門はすげーな」
などと、うどんをすすっていると、7回コールドで試合終了のサイレンが鳴った。
うどんの容器を流しで軽く洗って、母に『行ってきます』のメッセージを送る。
「丸森翔吾、ダンジョン2日目参ります」
ドアを開けて、ダンジョンへ歩みを進めた。
目の前にゴブリンが2匹いる。
俺の心に2匹同時に相手にする恐怖が少しだけ生まれたが、それよりも、2匹を見比べる事ができたのが嬉しかった。
2匹のゴブリンの髪の毛の色が違うのである。1匹はオレンジ、もう1匹は黄緑、これがニンジンとセロリの違いなのではないか?
以前と同じく静かに近寄って頭に一撃を喰らわせる。倒れたセロリは放っておいて素早くニンジンゴブリンに一撃を喰らわせた。
昨日と同じくとどめを刺そうと振り向くが、2匹ともサラサラと光の砂になって消えていた。
「一撃?」
まぁレベルアップしたせいかな、などと納得させて野菜を拾った。
ニンジンもセロリも昨日のものより少し大ぶりな気がした。
野菜を拾い上げた俺は、そこにカードが落ちている事に気付いた。ぱっと見、プラスチック製の本格的なトランプに見える。
「これは何だ?」
俺はそれを拾い上げようとして腰を屈めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます