第4話 ニンジンとセロリ ⭐︎
大きく深呼吸してもう一度装備の確認をする。
武器はリトルリーグ時代に使ってた金属バット、叔父さんオススメのスイカ包丁を段ボールで包んで、予備の武器としてリュックサックに入れた。
防具は頭に自転車用のヘルメットを被って、両手には軍手をはめる。
何に使うかわからないが、リュックの取り出しやすい場所に割り箸も入れた。
「丸森将吾、初ダンジョンに潜ります」
俺は意を決してアルミ製の軽いドアを開ける。見えたのは長く緩やかにカーブした下りのスロープだった。つるりとした素材の床と壁は、古風な石造りを想像していたダンジョンとは少し違う。床に黄色い点字ブロックでもあれば地下鉄の通路と答える人もいるかもしれない。
20メートルほど先に灯りが見えて、俺は懐中電灯をしまう。
緩やかな風が吹いてきた。
そこには外があった。
草原である。
ネットの情報でもダンジョンの1層目は遺跡か草原かと相場は決まっているようで、そのことに驚きはしなかったが、実際に見た空間の広さにポカンと口が空いてしまった。
「ギギッ」っと何かの鳴き声がする。
緑の皮膚の生き物、ゴブリンである。
俺は右手の金属バットを握る手に力を込めて静かに前に進む。
ぶんっと尖った耳の上あたりを目掛けてスイングする。ゴブリンは、オレンジ色の髪の毛をなびかせて倒れて跳ね上がるが、痙攣したまま消える気配がない。
「死んでないのか?」
今度は上から振り下ろす。後頭部が潰れた感触のあと、さらさらと粒状になってゴブリンは消えた。
『さて、これから1ヶ月、何が欲しいですか?』
突然、俺の頭の中に機械的な女の声が響く。
「は?」
『これから1ヶ月、何が欲しいですか?』
こちらの疑問には答えてくれないらしい。もしかして、1ヶ月間、魔物を倒す度に貰えるボーナスみたいな物を指定できるということか。現金?宝石?それとも武器やアイテムか?
『3択です』
3択かよ。おとなしく続きを聞くことにする。
『①50円玉
②今週末の馬券
③幽体離脱できる時間
さて、どれにしますか?』
なんだこりゃ、と思う反面、叔父があの手紙で高校生は馬券を買えないと追記していた事を思い出した。当たった馬券を換金することのリスクを考えると②は無い。
とすると、①か③、だがこの幽体離脱の時間ってすごく気になる。誰もが妄想するエロい考えが頭を巡る。
「女湯、女子更衣室、ナイトプール、若い女性に人気の温泉旅館……。
……③でお願いします」
そう言った瞬間、現実に戻ってきた。
だめだ、ここは危険が伴うダンジョンなのだ。エロい妄想は一旦置いておこう。
我にかえった俺は、落ちていたニンジンを拾った。叔父のいう通りここでは野菜が落ちるみたいだ。店に並んでいるニンジンよりもひとまわり小ぶりな気がする。
周りを見ると他にもゴブリンを見つける事ができた。素早く忍び寄り、バットを打ちつける。金属バットでは一撃で仕留める事は難しいらしく、さっきと同じように地面に倒したあとトドメを刺した。またニンジンだった。
20分ほど探して3匹目を見つける。何か雰囲気が違うようだがよく分からずに倒す。
ドロップしたのはセロリの茎1本だった。
ニンジンゴブリンとセロリゴブリンで何が違うかよく分からぬまま合計10匹を刈って、俺は1日目の探索を終えることにした。
早めだが、俺にはやる事がある。
それはステータスの確認だ。
強さや賢さなんぞの数字はどうでもいいが、どれぐらいの時間幽体離脱ができるのか?その時間が重要なのである。1日目、幽体離脱の機能も仕組みも分かっていない。
今夜は、ステータス表示を見ながら作戦を考える夜にするのだ。
店に戻り、母に『無事帰りました』のメッセージを送る。
すぐさま『野菜は何だったの?』との返事。
ニンジンとセロリと伝えると、『スーパーカツナリで【ソフトさきいか】を買ってきて』との事。
ダンジョンで採れた野菜に、祖母の畑のきゅうりを合わせて、ピクルスにするらしい。
【丸森家特製ピクルス】
① 皮を剥いたニンジンときゅうり、筋を取ったセロリを、幅1㎝、長さ7〜8㎝に切り揃えて、蓋ができる容器に並べる。
② ①に、ソフトさきいかをちぎり入れる。
③ 薄口醤油、酢、白砂糖を同分量、鍋で煮立たせて、②にかけ入れてヒタヒタにする。
可能なら蓋を閉めて軽く振る。
④ 冷蔵庫で冷やして出来上がり。
*季節によっては、大根やオクラ、ラディッシュやプチトマトも美味しい。
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