第22話 さいごに、思い残すこと


 思い残す事がまだあるという桜子。

 茉莉も紡もヒロシさんも驚く。


「い、一体何が心残りなの?」


「だって、こんなに可愛いバッジとハンカチを、持っていけないなんて悲しいわ」


 確かにヒロシさんからのプレゼントは、持っていくことはできないだろう。

 それが当然かと思っていたのに、まさかのワガママだった。


「桜子ちゃん……闇土門君、どうにかできないかい」


 今までの紡の力を見たヒロシさんは、紡に助けを求める。


「つ、紡……」


 茉莉もどうしようと不安になる。

 ここまできて……?

 

「もちろん、なんとかするさ」


「紡!!」


 まさかの自信たっぷりの答え。

 紡の瞳が、金色に輝く。


「こちらへ。もうあまり時間もない」


 家庭科室のドアは当然のように開いた。

 学校の教室の鍵を開けることくらい、紡には簡単なことに違いない。


「さぁ座ってください」


 テーブルの上に裁縫箱を置く。

 紡の隣に茉莉が座って、その前に桜子とヒロシさんが座った。


「桜子さん、白とピンクと水色と黒。この中から好きな布を選んで」


 紡はキラキラしている綺麗な布を四枚、桜子に見せた。

 布のサイズは二つ折りにされてノートの半分くらいの大きさ。

 

「もちろんピンクよ、桜の色ね」


「いいね。俺も好きだ」


 一体、紡は何をするんだろう?

 でも紡に任せれば安心かな、と思っていたが……。


「じゃあ、茉莉。この布を並縫いして袋を作ってくれ」


「え……??」


 まさかの私!? と茉莉は思わず立ち上がる。


「紡が、紡がやってよ! 上手なんだから!」


「俺はこの袋をまとめるリボンを作る。同時にやらないと時間がないんだ」


「そ、そっか……袋ってどうやって作るの?」


「簡単さ、上が開いて下が塞がるように布を重ねる。ちょうどいい大きさだ。両端を並縫いすれば袋の出来上がり。これにプレゼントを入れて俺が作ったリボンで結べば桜子さんは一緒に持っていける」


「え、すごい」


「これは特別に織られた布なんだ」


「わぁ、すごいわ!! マツリ! ツムグ! お願い!!」


「桜子ちゃんのためにお願いします!」


 この状況でイヤと言えるわけもない!

 むしろ頑張る!!

 

「やるよ!! 可愛い袋を作ってみせる!!」


「うん、やるぞ」


 針山から針をとり、紡からもらった糸を通す。

 指に糸を巻き付け、ねじって、玉結びの完成。


 ぷつ……とピンク色の布にキラキラ輝く糸を刺した。


「私ね……自分の名前も忘れちゃうくらい長い時間だったけど、でも学校大好きだから此処にいたの。ヒロシくん、何も気にしないでね。こうやってみんなが裁縫したり、お料理したりするのを見てる時間は楽しかったと思うわ」


「うん……僕も、この学校が好きだったからね。また此処に通いたいと思ったて用務員として働くことにしたんだよ」


 茉莉がひとつ、ひとつ刺して丁寧に並縫いをしている間。

 目の前の二人は、思い出話をしているようだった。


 右側を縫い終えて、玉止めをする。

 キレイに縫えた……!!

 安心して、顔を上げるとヒロシさんが同じ小学生に見えた。

 桜子さんと二人で微笑みながら話をしている。


 右に座ってる紡にウインクされた。

 彼はこの袋を縛るためのリボンを作っているけど、並縫いしたリボンをギューッと引っ張ってフリルにしている。

 何やらゴージャスなリボンができそうだ。


 茉莉もまた左側を縫うために玉結びをて、細かく綺麗に並縫いをしていく。

 

「茉莉……時間がもうない、できるか?」


「もうちょっと!!」


 桜子さんをこの場で見えるようにするのは、桜子さんの負担というより紡の負担が大きそうだった。

 紡の額には汗が滲む。

 彼のリボンは完成した。

 焦る心。

 でも、丁寧に……!!

 

 最後、玉止め……!!

 

「できたぁああああ!!」


 茉莉が叫んだ。

 

「うん、完璧だ」


 紡が頷く。

 ピンク色の可愛い袋が完成した。


「さぁ、これに持っていきたい物をいれてください」


「もちろん、もらったプレゼントと……お手紙……! ツムグ、マツリ……本当にありがとう」


 茉莉が渡した袋に、桜子さんが大事そうにプレゼントを入れた。


「それでは俺がリボンを付けて結びますね」


 最後の仕上げに紡がフリルになったゴージャスな飾り付きのリボンを結んだ。


「わぁ……!! 素敵ね!! ありがとうありがとう!! これで私、空に行けるわぁ」


「よかった……!」


「桜子ちゃん……」


 桜子さんがギュッと胸に抱きしめたプレゼント。

 微笑んだ瞳から綺麗な涙がひとつ、こぼれて天使のようだった。


「さぁ……それでは時間です」


「えぇ。ツムグ、マツリ、本当にありがとう。ヒロシくんも……ありがとう。プレゼントもお手紙も嬉しかった……!!」


「僕もだよ」


 微笑むヒロシさんの瞳からも涙が溢れる。

 二人の手紙にはなんて書いてあったんだろう。


「それでは……糸を切った後は迎えが来ます。光の方向へ進んでくださいね」


「……ありがとう闇土門の王子様……」


 紡が糸切り鋏で、さきほど縫った場所をシャキン! と切った。


「桜子ちゃん……!」


『さようなら……みんな……ありがとう』


 キラキラと泡のように桜子さんは薄く消えていく、最後は笑顔で光って校舎も突き抜けて空に上っていくのが見えた。

 茉莉もポロポロ涙が溢れる。

 

 安心で力が抜けた身体を紡が支えてくれた。

 

「これでもう大丈夫」


「……うん、よかった……!!」


 緊張して茉莉のポケットに入っていたもふりんも、飛び出て二人の頬にスリスリしてくる。

 茉莉も、もふりんもを抱きしめた。

 

「本当にありがとう。でも君たちは一体……?? 一体何者なんだ!?」


「あっ……」


 大人のヒロシさんからしてみたら、こんなとんでもない話をどう思われるんだろう!?

 茉莉は不安になった。




  

  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る