第19話 まさかまさかの、あの人が


「そんなぁ……」


 茉莉が毎年の夏に、楽しみにしていたプール。

 それを見て、こんなにも悲しい気持ちになるとは思わなかった。


 小さな桜の木が二本枯れて一本が移植された時の工事。

 その時にプレゼントが潰されるのは、なんとか免れたかもしれないと希望があった。

 でもこの場所ではプールの下敷きになっているか、それ以前に設置工事の時に無惨に掘り起こされて……。


「まだだ。まだ諦めない……!」


「紡」


「人間はいつだって奇跡を起こす存在だ。そうだろ茉莉」


「……うん……!」


 私達が諦めたら、もうそこで終わり。

 花子さんは悪霊になってしまう。

 それは絶対に阻止しなければ!!


『そういえば……泣いて何か掘り起こしていた一人の子供がおったな……』


「此処にいる時の記憶ですか?」


『そうじゃ』


「二人で埋めたんじゃなくて?……一人で泣きながら……?」


『そうじゃ。男児じゃ。そうヒロシじゃ、ヒロシという名前じゃった。ヒロシが泣きながら何か掘って持って行ったのを見た』


「え! じゃ、じゃあつまり……プレゼントは」


「とっくに掘り返していたんだ」


 二人は顔を見合わせる。


「じゃあ……もうプレゼントは……どこへ行ったかわからないよね……」


「五十年前の卒業生か……調べることはできるんだろうか」


 やはりダメなのか……また二人の顔が暗くなる。


『本人に聞けばいいじゃろう』


「え? ほ、本人?」


「だって……どこに住んでるかわかるんですか?」


『毎日、挨拶しているじゃろう』


 桜の精霊のほうが、何を言ってるという顔をした。


「え? え? どういう事ですか!?」


「精霊様、もう少し詳しく!!」


 二人の声は人間には聞こえないが、コウモリが反応して数匹飛び立って行った。


『じゃから、いるであろう。毎日、朝も帰りも校門を綺麗にしてくれる』


「ま、まさか……」


「あの人か!!」


「「用務員さん!!!」」


 更に数匹のコウモリが飛び立って、茉莉の肩でうとうとしていたもふりんが落ちそうになる。

 

『うむ』


 桜の精霊が頷いた。

 探していた相手は、まさかの、毎日挨拶している用務員さん。

 確かに高齢のおじいさんで年齢が合っている気がする!

 こんなに身近にいたなんて!


 茉莉と紡は明日に用務員さんに聞く事に決めて、桜の木の元へ戻ってきた。


『面白かったぞ。また空を飛びたいものだ』

 

「本当にありがとうございました。明日、用務員さんに俺達からお伺いします。空はまた……機会があれば……。それでは縫い合わせますね」


 紡の手にはキラキラ光る針と糸。


『い、痛くしないでくれな』


「無論。動かないでいてください……!」


 スッと手が動いた瞬間にできている玉結び。

 次の瞬間、紡の手がすごい速さで動いた。


「わぁああ! すごい!」


 手元も切れている縁も見えないが、糸がキラキラと輝いて縫い目が消えていくのが見えた。

 その縫い目はまるでミシンのように綺麗だった。

 最後は舞いでも踊るような動きで玉止めが終わり、糸が煌めいて針は針山に綺麗に仕舞われる。


「はい、できました」


 その言葉と同時に、裁縫箱も消えた。


『ほう……もう大丈夫か。何も変わりはないようじゃ。じゃあお前たち明日も元気に学校へ来るんじゃぞ』


「ふふ。精霊様、先生みたい」


『お前たち子供達が毎日学校へ来るから、私も寂しくなく生きてこられたんじゃ。子供達は私の希望だ。お前たちがいなければ、きっと寂しくて枯れていただろう』


「精霊様……」


 桜の精霊は二人を見て微笑んだ。

 こんな風に見守ってもらっていたなんて、と茉莉の心はじんわり温かくなる。

 

『あぁ、そうだ。……そうだ、ヒロシは桜子という女の子と仲良くいつも鬼ごっこをしていたな。今思い出したぞ』


「え……!! じゃ、じゃあ花子さんの名前は……桜子さん!」


「その可能性が高くなったな。もしもプレゼントを探すことができなくても……何か彼女が満足いく答えが手に入るかもしれない」


「うん……!」


 桜の精霊に御礼とおやすみなさいを伝えて、紡と茉莉は手を繋いだ。

 夜の下校時間だ。


「まさか、用務員さんが……びっくり」


「俺もだよ。全く気が付かなかった」


 少し紡の顔が暗く感じた。


「紡……?」


「あ、いや。俺がもっと熟練していたら微かな二人の縁も気付けたかもしれない……もっとレベルが高かったら茉莉を巻き込んでしまう事もなかったかな、と思ってさ」


 いつも自信たっぷりの紡が……。

 茉莉は握っていた手にギュウ! と力を込めた!


「いて!」


「巻き込んでってなに! 運命だって言ったじゃん! なんだって練習して上手くなっていくんだよ!」


「ま、茉莉……」


「何回も何回もシュートして決まるようになって! 何回も何回も縫ってうまくいくんでしょ!! 私と紡のコンビは始まったばっかりでしょ!!」


 紡が自分の修行の事を言っているのはわかっていた。

 でも、でも一人で抱え込まないでほしいと思ったのだ。

 だって一緒に解決しようとしているのだから。


「試合で自信がなくなったら負けちゃう!」


「……ごめん、でも自信はあるよ。俺と茉莉のコンビだもんな。必ず花子さんを光に導こう」


「紡……!!」


 いつも通りの自信たっぷりの顔に戻った。

 むちゃくちゃ理論でも、それでもいい。


「よぉし! じゃあ元気づけてくれた御礼に! ジェットコースターごっこしてあげよう!!」


「え!? ちょっと!! きゃ! ぎゃあああああああっ!!」


 紡はもちろん茉莉の気持ちはわかってて、茉莉の強い握力で握られた手を握り返した。

 そして一気に月の近い近い夜空に舞って……。


「あはは! ほら! また行くぞ!」


「あはっ! きゃあああ! あはははは!」


「もふもふ!!」


「きゃあああはは!! あははは!」


 あやかしと動物だけが聞こえる叫び声と笑い声が響き渡る月夜……。


「ふわぁ……夢……? じゃない……」


 もふりんのもふもふが頬に当たる。

 茉莉は小鳥のさえずりが響いて、窓からのたっぷりの光で目が覚めた。

 


 


 

  

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