第18話 桜の精霊様


 桜の花びらはグルグルと渦になり塊になったかと思うと、薄いピンク色の長髪をした和装の青年になった。

 精霊に男とか女があるのかはわからない。

 でも平安時代の貴族様みたいな格好で、顔色も青白いような美しい。


『なんじゃ……お前はただの小学生ではなさそうだと見ていたが……闇土門の一族だったのか』


 葉っぱのあやかし達が、桜の精霊にじゃれついている。


「はい。挨拶が遅れましたが……お会いできて嬉しいです」


「紡を知っているんだ……すごい」


『話には聞いていたが、闇土門に会って話をすることになるとは驚きじゃ。しかしお前はただの人間だろう、茉莉。何故おまえまで……』


「えっ! 私も知っているんですか!?」


『当然じゃ。毎日毎日、学校へ来て帰る子供達をここで見守っている。特にお前のような目立つ元気な娘はな』


 校門前でキャッキャと友達と盛り上がる姿を一年生から見守られ続けてきたのだ。

 なんだか恥ずかしい! と茉莉は思う。


「はは、一年生の茉莉は可愛かっただろうね」


「大人みたいな事言わないでよ! 早く本題!」


「あぁ、わかってる。桜の精霊よ。あなたは元は三本桜と呼ばれて他の場所に植えられていたのですか?」


 紡の問いかけに、桜の精霊は悲しげに俯いた。


「そうじゃ……まだ若い木だった頃、三本桜としてこの学校に植えられた。しかし二本は弱ってしまってな……。校庭の改修工事もあって私だけが……此処に移された……悲しい辛い思い出じゃ……」


 三人で仲良くしていたのに二人がいなくなって、一人残されるなんてどんなに辛く寂しいことだろうと茉莉は思う。


『そんな顔をするでない。お前達、子供たちを見て私は寂しくはなかったよ。まぁそろそろ私も二本に会いに行く頃だろうと思っているが……』


「え……」


『もう長く生きたしのぉ』


「桜の精霊、あなたにはまだまだ使命がある。弱気になってもらっては困ります」


『なんじゃと? 私にまだ使命が……?』


「はい、あなたに力になってもらいたく俺達は此処に来たのです」


『言うてみろ』


「この校舎の中に数十年前、おそらく五十年ほど前に校庭の三本桜に箱を埋めた子供が二人いたのです。その子供の一人がその箱が心残りで校舎内で悪霊化しそうになっているのです」

 

『なんと! 子供が……! それは力になりたいものだ……うーん……しかし、すまぬが私も校門前へ移動する時のあれこれで記憶が曖昧なのじゃ』


 木を移動させるのも、させられるのも大変な作業だろう。

 きっと生き延びるために、桜の精霊も大変な思いをしたはずだ。


「この校庭のどこに、三本桜があったのか案内してほしいのです。それならできるでしょうか?」

 

『ん……まぁ……気の流れを追えばわかるか? とも思うが……私は木の精霊。此の場所を動くことはできないのはお前ならわかるであろう』


「はい。しかし俺は闇土門家の一族です。此の道具であなたを一時的に開放できる」


 紡は裁縫箱から、裁ちバサミを取り出した。


「茉莉、これで桜の精霊様の縁を切ってくれ」


「ほえ!? わ、私が!? つ、紡がやってよ」


「せっかく一緒に来たんだ。桜の精霊様、この娘は俺より断つのが上手です。ご安心を」


『どうやって元に戻す?』


「俺がしっかりと縫合し何も問題なく、此の場所に戻ってくることができます」


 桜の精霊は少し考えたが、微笑んで頷いた。


『よかろう。どうせ後は枯れるだけじゃ。その前にその子供を救う手助けができるなら本望じゃ』


「精霊様……!!」


「ありがとうございます!!」」


 桜の精霊の優しさに、茉莉も応えないといけない! と覚悟を決めた。

 

「精霊様の足元を……裁ちバサミで切ればいいよ……なにもない空間を」


「わかった……!」


 自分もぷかぷか浮いているが、桜の精霊も浮いている。

 その足元を、受け取った裁ちバサミでゆっくりとシャキンとハサミで切った。


 切ったと言っても、何もない。


『おおおおお~?』

 

 しかし桜の精霊は、手を離した風船のように浮かび上がっていく。


「大丈夫です」


 その手を紡が左手で掴んだ。

 何か光の糸のようなものが紡の手から出て、桜の精霊を包んだ。


「さぁ茉莉ももう一度、俺と手を繋いで」


 紡が茉莉に右手を差し出した。


「うん!」


「行きます……!」


 二人を連れて、紡は空へ舞い上がる。


『おおおおおおおお!! これは爽快じゃ!! 気持ちがいいぞぉ!!』


「きゃーーー! たっ高いっ!!」


「高いとこ怖いかい? 大丈夫、魂は落ちたりしないから」


「う、うんっ!」


 ジェットコースターは大好きだけど、急に校舎の上を飛び越えるような高さまで吊るされたようにして飛び上がるのはさすがに怖かった。

 だけど紡が左手で支えている桜の精霊は、キャッキャと大喜びだ。

 こんな時にサービスのつもりか、紡はグルグルと二回転する。


「きゃーーー!」


『おおお! あっはっは!』


「あっはっは!!」


 精霊は大喜び。

 それを見て紡も笑う。


「ちょっとぉ! きゃーーー!!」


「あっはっは!」『あっはっは!』


 あやかしって……!!! と茉莉は両手で紡の手を握りながら絶叫した。


「さぁ、桜の精霊様、どこか検討がつきますか?」


『ふむ……あそこじゃ……』


「えっ……! あそこって……」


 三人は夜の校庭に降り立つ。

 しかし、そこはプールの前。


「……このプールが建つ前に……」


『そうじゃ、此処に三本桜があったんじゃ』

 

 なんと三本桜が生えていた場所は、プールが建ってしまっていた。

 

「うそ……」


 もう……プレゼントを見つけることはできないのか……!? 

 


 

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