第12話 見えるニューワールド(新世界)


「あ……あれ?」


 校長先生が目をパチクリしている。

 目の前にいたはずの紡が、少し離れた茉莉と手を繋いで立っている。


「校長先生、すみません。話を再開させましょう……」


 紡の瞳が妖しく光る。

 あ、なんか術を使った!? と茉莉は思う。


「あぁ! 遅くなってしまって申し訳なかったね! 手芸クラブ第一回目だね」


 校長先生は、何もなかったかのように話し始める。

 家庭科室の時計を見ると、時間は進んでいないようだった。


「そうか、二人で進めていたんだね。これから切った布に並縫いをして、玉止めをして終わり。うんうん」


「そうです。校長先生……あの突然なんですが三本桜を知っていますか?」


 また紡の瞳が妖しく光る。


「ふあ……? 三本桜……いや……私は去年この学校に来たばかりで、知りません……」


「ありがとうございます……さ! 茉莉、続きをやろうか!」


 パチン! と校長先生の前で紡が指を鳴らした。


「う、うん……!」


 校長先生は、預けられた並縫いの仕方と玉止めの仕方のプリントを見ている。

 紡は慣れたように、裁ちバサミで布をすぐに用意した。


 校長先生は見守っているので、紡が教えてくれることになった。


「チャコペンっていう布に書くことのできるペンで直線を引いてあげるよ」


「この線の上を縫うんだね」


「そうだ」

 

「まずは布の裏から針を刺して……そう。指を刺さないように」


「うん、できた」


「そしたら直線に2,3mmの感覚で……もう少し大きくてもいいか。布の上、下、上、下と交互に繰り返すんだ」


「うんうん! 縫えるよー!!」


「これを覚えれば、色んな物が作れるようになる」


「うん……あ、ちょっと間隔がぁ……難しい」


「難しいよね。練習すれば慣れるよ」


「紡さんは、教えるのも上手だねぇ」


 校長先生が感心するように見ている。

 チャコペンで書いた線をなぞるように縫う事に集中する。


「最後までできたーー!!」


 さっきの出来事も一度頭のどこかにいってしまうくらい、集中して最後まで縫えた!


「じゃあ、糸が抜けないように最後の仕上げをしようか」


「うん!」


「縫い終わって糸が出てる部分に針を当てるんだ」


「うん」


「そこに糸をくるくるニ回くらい巻きつける」


「わかった……」


「そして、糸に巻き付けた部分を親指か爪で押さえて、針を引っ張る……とぉ?」


「わ! すごい!! 玉ができたぁ!」


 茉莉の笑顔に、紡も微笑む。


「そしたら糸を切って、出来上がり」


「やったぁー!」


「うん、手芸クラブ第一回目は大成功ですね! 堀川先生にも報告しておきますよ」


 校長先生の言うとおり大成功!

 茉莉は大喜びで校長先生を見たら、校長先生の後ろになにかいるのが見えた。


 ピョコンと出たのは笑顔の可愛い犬だった。


「……コーギー……?」


「茉莉」


 紡が言うなというように、視線を向ける。


「あっ……なんでもないです」


「コーギー?……校長先生は、コーギーずっと飼っていたんですよ! よくわかりましたね。でも今はお花畑でお昼寝してるかな」


 校長先生は愛犬のことを思い出したのか、ちょっと寂しそうだったけど色々思い出したような優しい顔をした。

 そして手芸クラブは、最後のあいさつをして終わった。


「それでは気をつけて帰りましょう」


「はい、さようなら」


「さようなら」


 二人でランドセルを背負って家庭科室を出た。

 校長先生が鍵をかけて職員室へ帰っていくが……。


「つっ……紡……!」


 薄暗い廊下をうようよと泳ぐなにか……。

 廊下の曲がり角からこっちを覗いてくるなにか……。

 あちらこちらに怪しいがいったりきたり、うようよしている。

 

「大丈夫、俺がついてるから」


「ずっと、こんなの見えちゃうのかな」


「慣れる慣れる」


 あはは! と紡は笑う。


「さぁ帰ろう」


 紡は手を差し出した。


「がっ学校で手なんか繋げないから」


 紡の背中に隠れながら、茉莉は言う。

 確かにあやかし達は紡をチラチラ見ながら、みんな何も手出しはしてこない。

 

「そうなのか? 人間とはそういうものか、手を繋ぐのはダメなのか」


「みんなにからかわれるから!」


 そのあたりの事は紡にはわからないようだ。

 

「外国ってあやかしの国のことだったんだ」


「んーまぁね。いったりきたりしてる……かな」


「いったりきたり……私のこの見える力って学校だけじゃないんだよね?」


 俺がいる、と言われても家に帰れば茉莉は一人だ。


 クラブが終わった児童達が玄関に集中して、またざわざわと騒がしくなる。

 玄関を出ると、まだまだ眩しい太陽が輝いてあやかし達は見えなくなった。


「そうだね。薄暗いとこや淀みが溜まったところに多いけど、どこにでもいるね。精霊なんかもいるし」


「精霊! それは見たい!」


「あと学校から出ても大丈夫さ」


「? どういうこと?」


「まぁ帰ろう」


 今日の放課後は塾もない。

 紡に家の場所を聞いても、こっちだ、こっちだ、と茉莉の家の方角と全く同じでずっと歩いてる。


「……送ってくれるつもりなの?」


「いや、俺の家に帰ってるよ」


「ふぅん? そういえば裁縫箱は? あんなにゴツくて立派だったの、どこに?」


「あぁ収縮可能なのさ、ズボンのポケットに入ってる」


「魔法とか使えるの?」


「まぁ、あやかしにんげん王子だから、それなりに」


「うっそ、すっごい! 今度見せてよ!」


「使命の時に使うわけだけど、まぁ茉莉はいつか見ることになるかもな」


「うひょお……あ、ここ私の家なの……」


 赤い屋根に、白い壁の可愛い二階建てのお家に着いた。


「あぁ、俺も着いた。此処が俺の家」


「え!?」


 紡は今朝に突如として現れた、謎の店を指さした。



 

 

 

 

 

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