第11話 茉莉の学校の、トイレの花子さん
「落ち着け、茉莉」
恐怖でパニックになりかけた茉莉の前に、紡が立つと二人を暖かな光が包む。
その暖かな光は、確かに茉莉を守るように輝く。
「これは……」
「結界だ。安心して。……それに彼女は大丈夫だ」
「かのじょ……」
『はぃぃ~~おどろかせて~~~すみませぇ~~~~ん』
変に間延びした低い声。
まだ人魂は浮いていて、その真ん中に黒髪おかっぱの色白の少女がいた。
……浮いている……。
「ゆ、幽霊……?」
「そうだ……成仏できない魂だ。でも結界があるからこちらに危害は加えることはできないから安心してくれ」
「う、うん」
紡の背に隠れて、茉莉は言った。
『そんなぁ~~~きがいなんて……くわえませんよぉおおお~~~~』
「ふむ。話を聞こうか、よし……!」
紡がパチリと指を鳴らすと、おどろおどろしい影のある幽霊姿から、普通の女の子の姿になった。
浮いているけど。
「わあ~久しぶりに普通に喋れる~!!」
「女の子! 年齢は五、六年生くらい? うちの学校のトイレの花子さん……??」
「六年生よぉ~! トットイレにいたわけじゃないのよぉ~この辺が一番いやすかっただけよ~」
「確かに此処の廊下には、淀みがあったな。だけどあまり淀みに触れているとさっきのように悪霊化が進んでしまうぞ。さぁ浄化をしてやった。成仏するんだ」
「……できたら、もうとっくにしてるわよぉ……」
女の子が哀しそうに言う。
茉莉も聞いたことがある。
心残りが何かあると、成仏できない魂の話。
「心残りがあるのか……じゃあ、俺が話を聞こう」
「え!?」
まさか紡が、そんな事を言い出すとは思わなかった。
「闇土門一族の仕事でもあるんだ。悪いけど少しだけ時間をくれないか」
申し訳なさそうに紡は言う。
でも、茉莉も女の子が哀しそうな顔をしているのを黙ってみていることはできないと思った。
「私も話を聞く!」
「……ありがとう、二人とも」
女の子はにっこり笑った。
「君は自分の名前は覚えているかい?」
「……名前……う~ん……もうずーーっと呼ばれてないからな……なんだっけ……」
自分の名前を忘れてしまうくらい、長い時間この子は此処にいたの?
悲しいな寂しいな、と茉莉は思う。
「これは相当遡ることになりそうだな。じゃあ心残りはなんだい?」
「えっとね、うふふ、うふふふ」
紡と茉莉が心配そうに女の子を見ているのに、女の子は急に照れたように笑い出す。
「ど、どうしたの?」
「恥ずかしくてっ……あのね……あのね……6年生になった日に、私ね好きな……男の子と約束をしたの」
真っ赤になって、女の子は言う。
「す、好きな男の子! きゃー!」
恋愛話には縁のない茉莉も一緒に照れてしまう。
「へぇ、どんな約束? 相手も君が好きだったのかな」
紡は平然として、突っ込んだ質問をする。
「きゃあ! どうだろう、どうなのかな……約束はね。二人で一緒にお互いへのプレゼントと手紙を校庭に埋めたの」
「タイムカプセルみたいなー? 素敵」
「うふふ、卒業式の日に一緒に掘り出して、プレゼントを渡すって約束をしたんだ……その時に伝えたい気持ちも伝えるって……」
「回りくどいな。一年も待たずに好きなら好きだと言えばいいのに」
「ちょっと紡! 紡みたいな人ばっかりじゃないんだから!」
正直すぎる紡に、茉莉のツッコミが入る。
「……でも、本当にそうだったかも……私、卒業前にこんな姿になっちゃって……」
何があったのかは聞かなかったが、幽霊になってしまったという事はつまり彼女はそういう運命だったという事だ。
「彼が何をプレゼントしてくれようとしたのか知りたいんだね?」
「そう! そうなの! それがわかったら……きっともう満足」
女の子は微笑んだ。
名前を忘れていても、恋する気持ちは忘れていないんだ……と茉莉は思う。
確かに、好きな男の子が何をくれようとしていたのか絶対知りたいだろうな。
「じゃあ今すぐ掘ってこよう! どこに埋めたの!?」
「三本桜の木のそばの芝生の下なの、校庭の」
「……三本桜……?? どこだろう」
「えぇ、知らないの? 学校で1番みんなが好きな場所だったわ。まだ小さいけど可愛い三本の桜の木。根のすぐ下はバレそうだからそこから北へ10メートル進んだ芝生の下よ」
「そんな名前聞いたの初めて……それに桜の木は学校で今は校門にある大きな一本だけな気がする」
紡は二人の声を聞いて、考え事をしている。
「学校も改修工事なんかは定期的にするだろうな……一般的に名前まで忘れてしまうというくらいだ。五十年は前の話かもしれない」
「えー!! 五十年!!」
茉莉が入学してから工事は行われていないが、確かに校庭が変わってしまった可能性は高い。
「そんな……そんな……どろどろどろどろ……」
彼女の顔がまた暗くなって周りに人魂が浮かんでくる。
「待て待て! 俺達で探す! だから悪霊化するんじゃない!」
「う、うん……! 私も一緒に頑張るから! 花子さん正気に戻って!」
「ほんとう……?? 嬉しい……!!」
「名前がないと不便だから、君のことは花子さんと呼ぶよ。三本の桜の木の下に君は好きな男子と一緒にプレゼントを埋めたんだね? プレゼントは二つ……?」
「一つの箱よ、見えないようにしてこのくらいの缶に入れたの」
花子さんは、手で四角形を作る。
子供の手のひら。
15センチ、15センチくらいだろうか。
「オッケー、他に思い出せることは?」
「……私も彼も……学校が好きだったわ……」
花子さんが此処にいるのは、きっとその気持ちが強いからかな? と思う。
「……他には?」
「わからない……でも、久しぶりに人をお話をしたからまた思い出すかもしれないわ」
「そっか! じゃあまた話ができたらいいね」
「そろそろ、この曖昧な時間にも限度がくる。人間界の時空でも俺と茉莉なら花子さんと話ができるから一度戻すよ。校長先生も動き出すから……また今度」
「えぇ、じゃあまた、ツムグとマツリ」
「またね、花子さん」
花子さんが手を振って、茉莉と紡も手を振った。
「茉莉、手を繋いで」
「えっ」
「さっきみたいに力に煽られたら困るから」
「あ、うん……わかった」
おずおずと手を出すと、すぐに力強く握られる。
ドキッとしたかと思ったら、またグルグルコーヒーカップみたいに視界がまわった。
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