第9話 まさかそんな!?斬っちゃった!?


 紡の裁縫箱が開くと、何かキラキラとした光が見えた気がした。


「ん? 今何か……」


「ふふ、気のせいさ。じゃあまず玉結びをやってみよう。裁縫の第一歩だ」

 

「たまむすび……?」


「まだ知らないかな?」


「うっ……うん! 自分でも勉強したいと思ってるんだけど……なんだか難しくて」


 自分でこっそり買ってみた本は、難しすぎてよくわからなかったのだ。

 初心者すぎて、何から始めたらいいかのわからない。

 

「人から聞くのが1番だよ。俺が教えよう」


 あんな可愛いペンケースを作ることができて、こんなすごい裁縫道具を持っているのだから紡は色んな事を知っているのだろう。


「玉結びは、縫う時に糸が抜けてしまわないようにする作業だ」


「あっそっか! そのまま縫っていったら、糸が抜けていっちゃう……」


「そうそう。だから結び目を作って布に引っかかるようにするってわけだね」


「手芸クラブなのに、なんにも知らなくて……不器用だし」


「今日が初日さ。誰だってはじめは初心者だよ。俺だってそうだった。じゃあ針と糸を出して」


「うん!」


 茉莉も借りた裁縫箱を開けた。

 当然、綺麗にそろった普通の裁縫箱だ。

 隣に座った紡と同じように、慎重に針ケースから縫い針を出す。


「でも私達だけで始めていいのかな?」


「大丈夫……俺が校長先生に許可をもらったからね。待ってるだけじゃ、つまらないだろ」


 なんだか紡の瞳が妖しく光る。

 生徒が校長先生にそんな許可もらえるの!? とまた驚きながらも糸も出そうと選ぶ。

 白い糸、赤い糸、黒い糸が入っていた。


「白い糸は見えにくいから、赤い糸を使おうか」


「はい!」


「いい返事だね」


 まるで紡が先生のようだ。


「では、まず糸をちょうどいい長さに切って……茉莉は右利きだから、左手の人差し指にくるっと一周、糸を巻き付けよう」


「ふむふむ……うん! できた」


 ただ指に巻き付けるだけだから簡単だ!


「そこを親指で押さえて糸をねじるようにして、輪から人差し指を抜くんだ」


 目の前の紡の指を見ながら茉莉もやってみる。


「うーん、こうかな?」


「そう! そのまま中指で押さえて、糸を引いて」


「わ!! 結び目ができたぁ!!」


「うん、できたな!!」


 茉莉! はじめての玉結び! 成功!!


「成功だ! じゃあ糸を針に通すか」


「できるかなぁ~」


「糸通しを使ってもいいよ」


 紡が茉莉の裁縫箱から銀色の糸通しを探して見せる。


「でも、なんか自分で通したい!」


「はは、じゃあ糸を針に通すというより針を動かして糸を迎えるやり方がいいと思う」


「えぇー? こう?」


 言われた通りに糸を持つ指は動かさず、針を動かして入れてみた。


「そう」


「確かに! こっちの方がやりやすいかも!」

 

 少し悪戦苦闘したけれど、無事に糸を通すことができた。

 

「わー! やった!」


 茉莉は自分の不器用さに呆れていないかとチラッと紡を見たけれど、紡はにこにこしている。

 

「うん、これで縫うことができるようになったな。もらってきた布もあるから、並縫いしてみよう。そして玉止めだ」


「う、うん!」


 紡は30センチ程の布を、三枚出した。

 白い無地とピンクの花柄と黄色のチェック柄。


「白だとわかりやすいけど、可愛い柄でもいいと思うよ。好きなものを選ぶといい。15センチと10センチくらいの長方形に裁ちバサミで切ってくれ」


「じゃあピンクの花柄!」


「いいね。じゃあ茉莉が切ったら俺にも貸して、俺も花柄がいいな。ピンクで可愛い」


「だよね!」


 自分で布を選べる! 裁縫ってやっぱり楽しい!!

 茉莉は目がキラキラ輝いて、紡もそんな茉莉を見て笑う。


「いや~~君たち、ごめん! お待たせ~~!!」


 ガラッと突然に校長先生が入ってきた。

 ぽっちゃりしていて、メガネをかけて優しい雰囲気のおじさんだ。


「あぁ、校長先生。俺達もう始めてたんです」


「うんうん、わかってたよ。どうだい?」


「えぇ……自己紹介をして……」 


 紡が立ち上がって、入ってきた校長先生に今までの流れを説明をしようとした。

 茉莉はとりあえず、布を切っちゃってもいいよね!?

 と初めての布の裁断にドキドキ! だった。


 そこにあった裁ちバサミが、先生から借りたハサミだと信じて疑わなかった。


 ジャキン……ジャキン……シャキン……!


「あっ……! 茉莉……!」


 校長先生と話していた紡が急に大声を出した。


「えっ!?」


「斬るな……!!」


「え!?」 


 ジャキン……!! 


 グラァ……! と何かが歪む!?

 視界が真っ暗になって、白と黒のチカチカ……!?

 ぐるぐると目が回る。


 茉莉が持っていた裁ちバサミは、紡の裁ちバサミだったのだ。


 アンティークの古めかしい、金色で装飾がくすんでいる……ハサミ……。

 ダイヤモンドのような透明な石とオブシディアンのような真っ黒な石が装飾で付いている。


 ギラリと刃の部分が妖しく輝く……!


「あっ……ハサミ……間違えた……あれ……なんかおかしい……」


「まさか斬ってしまったのか!」


「えっ……だって、ハサミで布を切れって……」


「布じゃない……! 今、君が斬ったのは……」


「え……?」


 ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる……!!

 ぐるぐる回るのが止まらない!

 おかしいおかしい!!


「あぁ……しかも、縁を切ってしまったか……」


「え!? 何が!? どういうこと……ぉおおおおぉ?!」


 世界が白黒になって、校長先生も白黒、時計と逆回りで開店してる。

 一体何が起きてるの!? と茉莉はパニックになる。


「大丈夫……大丈夫じゃないけど、大丈夫。ごめんよ。君は人間世界との繋がりを半分切ってしまったようだ」


「とめてぇえええええ!!」


 ガチーン! とまわりまくる遊園地のコーヒーカップが突然止まったような衝撃を受けた。

 でも、どこかに吹っ飛ぶわけではない。


 紡が椅子から落ちそうになった茉莉の肩を支えてくれた。


 痛みがなくてホッとする。


「あ……ありがとう……」


 しかし、止まったままの校長先生。

 何かおかしい!

 世界が変わった……?


「え? なに……?」


 紡の後ろには……なにか、いる。

 なにかいっぱいざわざわと何かがいる……!!

 たくさんの目が茉莉を見ている。


「ぎゃあああああ~~!?!?!!」


 妖怪! おばけ! いっぱいいっぱい!!

 泡を吹きそうになる茉莉を、また紡が支えた。


「お前たち、怖がらせるな。一度姿を消してくれ……!」


「「「「「はぁい~~あやかしにんげん王子~~~」」」」」


 なんと紡の後ろにいた化け物たちは、紡の言葉に反応して姿を消した。


「あ、あやかしにんげん王子……??」


 茉莉の驚く顔を見て、紡は苦笑いする。


「……うん。俺はあやかしと人間の世界を繋ぐ一族の者なんだ」


 とんでもない事を紡は言った。

 だけど肩を支えてくれる手はあたたかかった。

 

 

 

 

 


 






















  

 

 

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