最終話


 とんでもない告白をしてくれた割に、束宵の態度はなんら変わらなかった。アレが彼にとって心の重荷になっていたとは思えなかったけれど、束宵にとってはかつての妻・恋人の遺体を保存していることが本当になんでもないことなのだと改めて感じられてゾッとする。あれが愛の形だと言われても「なんて素敵」なんて絶対にならない。現に私は軽く引いているし、気持ち悪いとも思っている。

 けれど、普段あそこに出入りしているわけではないようだし、彼女たちの遺体に変なことをしているわけでもなさそうではある。あの長椅子は、彼がを見つけるまでの間眠りにつく時に使うものなのだと説明されれば、それ以上問い詰めるわけにもいかなかった。

 彼の元から私の魂が去ったあと、眠りについた彼は私が14・5の年頃になると目覚めるのだそうだ。仮に恋人が出来そうな気配があった時には、もっと早く目覚めることもあるらしいのだけど


「別に、君の人生をオレで拘束したいわけじゃないから、幼い頃の君の生き方まで同行しようとは思わない」


 と、矛盾でしかないことを言う。もしかしたら、桃花と出会った頃の年齢になるまで待っているのかもしれないと想像はしたけれど、答え合わせはしていない。

 毎日のように、愛してる、幸せだ、と繰り返される。その想いを負担に感じることがないわけではないが、彼が私に飽きて捨てることはないのだろうという妙な安心感もあった。


 とはいえ、あんなことをしている彼が悍ましいことに変わりはない。


 彼は、おかしい。

 多分、どこか壊れている。


 それを壊したのは、かつてのだと彼が主張している女性なのか、それとも元からなのか。

 わかるのは、彼がとんでもなく桃花――それから彼女の魂を持って生まれてきたという女性たちに、そして今は私に執着しているということ。彼が死ねないというのも、永遠にこの世に留まり続けることになったを残していかないよう、自分に自分で呪いを掛けたのだという。それを深い愛情と受け止めるべきか、病的な妄執というべきか。



「術とか使えば、人の気持ちを操ることも出来るの?」


 ある日口にしたそれは、私にとってはただの好奇心からくる戯言だった。しかし彼は、すっと表情のない顔になって平坦な声で答えた。


「なに。オレが君にそんなことしたと思ってるの?」

「え?」

「そんなこと、するわけがない。本当にオレのこと好きになってもらわないと、意味がない。またあの笑顔で愛してるって言ってくれないなら、愛してるって言ってもらえたって、なんの意味もない」

「束宵……?」


 どうしたの? と頬に触れれば、彼は、ふっ、と息を吐いた。


「あ、ゴメン。ちょっと傷付いちゃった。そんな風に思われてたんだ、って。まあ呪禁師なんて力持ってると、怪しまれても仕方ないんだけどね。でも、玲花の心を操るような術は絶対に使わない。例え君がオレを嫌いになったって言っても、好きにさせるようなことは、しないよ。もう二度とそんなこと疑わないで」


 それに、君はオレのことを嫌いになんてならないだろう?

 笑顔で問うてくる彼に、私は曖昧に頷く。

 正直、時々は逃げ出したいと思うことはある。でも、彼を棄てる気にもなれない。束宵には私だけなのだと、嫌になるくらい感じるせいもあるだろう。捨て犬のような目で見られると、置いていくことは難しかった。


 そして問題が一つ。18になって以降感じていた体調不良が、彼から連日精を注がれても回復しなくなってきていたのだ。


「大丈夫?」


 背後から優しく抱き締めて、束宵は聞いてくる。大丈夫、と返す私の顔色はあまり良くないようで、心配そうな顔をされる。


「……今回は、ちゃんと馴染ませられると思ったのに」


 そして、いつもの台詞。


「束宵」

「なに?」

「なにか、まだ私に言ってないこと、あるでしょ」


 気になっていたことを尋ねると、彼は少しだけ言い淀んだ。

 ずっと「今回は」と言い続けている彼。そして、永遠の眠りについている女性たちの年齢が、ほぼ同じに見えること。「今度こそ助ける」という言葉。なにか、絶対に隠されていることがある。


「全部受け入れるから、教えて」


 彼のしていることが、間違っていることはわかっている。彼だって、正しいとは思っていないはず。愛しているからと言って、相手の魂や肉体を、自分の思うままにして良いわけではないのだ。

 ――こんなことは、私の代でやめさせる。

 たくさんない頭で考えた末の結論が、それだった。


「……今回は、絶対に大丈夫だから、助けるから、オレの腕にずっと抱き締めて、放さないから」


 束宵は、また痛いほど抱き締めてくる。身体を反転させて彼の方へ向き直ると、触れるだけの口付けをしてきた。目が合えば、その瞳は生気を失ったかのようにどんよりと曇っている。


「聞いてる?」


 彼の目が私を映していないように思えて、ペチペチと頬を叩く。彼は、数度の瞬きのあとでじいっと私を見た。


「聞いてる」

は大丈夫ってどういう意味?」

「ん、うん……」


 少し迷うように視線を彷徨わせた彼は、私に額を合わせるようにして顔を寄せてきた。


「今まで何度も失敗したけど、今回こそ救えると思うんだ」

「私のこと?」

「うん。今の君の魂は、本来行かなければいけない死者の国ではなくて、オレの術でこっちに引っ張られてる状態だっていうのは、わかってる?」

「そう言ってたね」


 彼の言葉を全面的に信じるのであれば、私の魂は自然な状態ではない。死者の国に行くべき魂が、強制的にこちらに留められているのだ。そして、何度も肉体を変えて、束宵と巡り合い、愛し合っている。無理が生じていることは十分に考えられた。


は、いつも桃花がこの世を去った年齢までしか生きられない。そこまでしか神が赦してくれていないのかなんなのかはわからないけど、必ず、同じ年齢でオレの元から去ってしまうんだ」


 彼は、今や耳の上くらいまで白くなっている私の髪を撫でる。


「それって――20歳、だよね」


 今の私は、もう少しで19になるところ。つまり、彼の言葉を信じるのなら、あと1年の命だということになる。

 改めて言われればショックだ。まだこれからだと思っていたのに、もう残されているのは1年しかないだなんて。あれもしたかった、これもしたかった、とそんな思いばかりが頭をめぐる。


「でも、今回はいつもとは違ってる気がしてるんだ。だから」

「あと1年かぁ……そっかぁ」

「玲花? まさか諦めるわけじゃないよね? オレは諦めないよ。君を、20よりも長く永らえさせてみせる。だから、オレのことを信じてついてきて」

「信じるのは良いけど、でも束宵も覚悟はしておいてよね」


 そんな風に言えば、彼は大きな衝撃を受けたようだった。


「そんなこと言わないで」

「でも、万が一のことは心構えしておかないと」

「万が一なんてない」


 束宵は私に覆いかぶさり、両手首を掴んでベッドに縫い留める。


「絶対に、今回こそ逃がさない」

「逃げてるわけじゃ――」

「今回こそ、添い遂げる」


 これまで何度も失敗してきたからこそ、成功の道が見えているのだという。頑張って、と苦笑いを浮かべる私に「だから、オレのこともっと受け止めて」と彼は性急に服の下に手を差し込んできた。



「ねえ、束宵」

「なに?」


 荒くなった息を整えながら、束宵は私の背中に口付けを何度もする。そこには、あの痣があるのだろう。


「私も、束宵ともっと長いこと一緒にいたい」

「玲花……」

「だからね、一緒にこの運命を断ち切る道を探そう」


 へ? と間抜けな声を出した束宵の動きが止まる。


「今までは束宵だけに任せてたのかもしれないけど、2人で同じ目的のために動けば、なにか変わるかもしれないじゃない」

「玲花……オレとずっと一緒にいたいって、言ってくれるの? そのために、オレのこと手伝ってくれるの?」


 泣きそうな声で問われて、口元がにやける。あれだけ私を縛り付けるようなことを言っておいて、期待されてはいなかったのだと思えば多少腹立たしい。小さな怒りついでにちょっとだけ意地悪を言ってみる。


「もし、私が生き永らえることが出来たとして」

「うん」

「でも、束宵は死ねない身体になってるんでしょ?」

「………………うん」


 指摘すれば、彼はやっとそこに思い至ったらしい。


「添い遂げようっていうのなら、今回を最後にしようっていうのなら」

「ああ、オレに掛かってる呪いを解く方法も、探さないといけないのか」


 振り返れば、愕然とした様子の彼の顔がそこにある。私は、妙におかしくなって笑う。


「やることいっぱいだね。大変だ」

「玲花、なんだか他人事じゃないか?」

「だって、それ自分で自分に掛けた呪いなんでしょ? だったらそっちは自分でどうにかしてよ」


 確かにそうだ、と唸った束宵と唇が重なる。


 この先の1年、よもや彼の妖退治に同行させられることになるとはこの時の私は想像もしていなくて。ただ二人で力を合わせればなにか変えられるかも、なんていうのはとんでもなく甘い考えだと、今の私はこの時の私にきつく説教したいくらいだ。呪禁師というものを理解していなかったし、妖や神という存在を理解していなかった。

 でも、悪足掻きすればどうにかなるというのも、きっと本当で。


 それは、私が魂の運命を越えて生きるための物語。

 ――そして、私をどこまでも深く愛してくれる束宵の、死を探すための物語だった。

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龍王級呪禁師の妄執愛は、拾われ姑娘に絡みつく 二辻 @senyoko

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