第4話

 ぷりぷりとしたほんのりとピンク色のものが気に入ったと言えば、束宵スーシャオはそれを海の生き物なのだと教えてくれた。


「海?」

「でっかい塩水の池みたいなもんかな。知らない?」

「知らない」

「海の近くの町は、こういう海鮮がもっと旨いよ」

「へえ、へぇ……! そうなんだ」


 そろそろおなかもいっぱいになってきた。おなかを擦っていると、口元に匙が近付けられる。そこには透明でぷるんとした不思議な球体が乗っている。


「ほら、もっと大きく開けないと零れるよ」


 あーん、と大きく口を開けてそれを迎え入れる。口に含んだ瞬間に溶けていったそれはほのかに甘くて、花のような香りがする。


「なに、これ……」

「美味し?」

「うん、うんっ、めちゃくちゃ美味しい!」

「それは良かった」


 そこで気付いたのだが、彼はほとんど食べていないように見える。私ばかりがあれこれと食べさせられているだけだった。


束宵スーシャオ……様は、食べないの?」

「食べてるよ。あと、様とか要らない。束宵スーシャオで良い」

「全然食べてないみたいだけど」

「君が美味しそうに食べてるの見てるだけで満足なんだって。気にしないでいいよ」


 次はなに食べたい? と聞かれた私は机の上に視線を送ったのだけれど、同時にずきりと腹部に痛みを感じる。


「ん?」


 痛みは徐々に強くなる。おなかを抱えて丸まった私を見た束宵スーシャオは「あ、しまった」小さく呟くと私の手に彼の手を重ねてくる。


「普段食べてるものからしたら、油多かったな。おなかがビックリしちゃったんだね」

「う……うぅっ」


 脂汗を浮かべた私は、ぎゅっと目を閉じて痛みに耐える。食べたものが逆流してきそうだ。でも出してしまうなんてもったいない。


「手、外して」

「無、理……」

「直に触らないと意味ないから」


 するりと着物の隙間から手が入り込んできて、直接触れられる。今はそんな場合じゃないのに、と思いながらもその手を払うほどの元気はない。何度か優しく腹部を撫でた彼は、おへその少し上に手を当てると「舒脾」と一言呟いた。

 その瞬間、すぅっと痛みが消えていく。ホッと息を吐くと、束宵スーシャオは汗で張り付いた私の前髪を指先でかきあげ、顔色を確かめるように見てくる。


「は……ぁ……ありがとう、楽になった。なにやったの?」

「おなかの痛みを取る術。効いたみたいだね。痛い思いさせちゃってゴメンね」


 調子を確かめるように、彼は私のおなかを撫で続けている。完全に痛みが取れると、その動きが気になりだす。徐々に手付きがいやらしくなり、脇に手が伸びてきた。


「ちょっと!」


 いくら覚悟しているといっても、こんな場所で、しかも腹痛が解消したばかりではそんな気になれない。いや、私の気分など関係なく彼は好きなように出来る立場なのだろうけど「あ、バレた」にやっと笑った束宵スーシャオは着物から手を抜き「次からは考えて用意するね」などと言いながら私を膝から降ろした。


「食事はそろそろ切り上げて、次、行こうか」


 手を引いてさっさと歩きだそうとする彼を呼び止める。


「お料理、まだ残ってるよ」

「でも食べきれないだろ?」

「もったいない」


 そんなことないのになぁとぼやきながらも、束宵スーシャオは料理を包むように店の人に頼んでくれた。それから、また牛車に乗せられてどこかに連れて行かれる。

 相変わらず簾で外は見えなくて、どこをどう通っているのかもわからない。そもそも私は生まれ育った町から出たことなんてほとんどないから、あの貧民街以外の場所を見たところでどこかなんてわからないのだけど。

 目的にについたらしく、ゆっくり動きが止まった。今度こそそういう場所かもしれない。覚悟しながら牛車を降りれば、そこはこれまた立派すぎるほど立派な、しかしどこか暗い雰囲気の屋敷の前だった。


「ここは?」

「オレの家」


 なるほど。私に自宅の場所を覚えられてはいけないから、外が見えないようにされていたのか。

 納得して、彼に案内されるまま屋敷の中に入る。出迎えはなく、それどころか、人の気配は一切ない。まさか金持ちらしい彼が召使いのひとりもいない一人暮らしというわけはないだろう。見回す限りどこも手入れが行き届いていて、どう見ても束宵スーシャオが自分で全部掃除しているようには思えなかった。

 ――これだけ広いと、違う部屋に人がいても気付かないだけなのかな。

 長い廊下を何度も曲がって、奥へと連れていかれる。大きな扉を開けば、そこには大きな寝台が置いてあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る