終章 11 意外な血縁関係

 優子の表情が沈んでいる。だが、舞の顔を見る視線は、しっかりとしていた。


「北島さんを疑っているのね?」


「はい。つい最近、気付いたのです」と舞は、間髪を入れずに答えた。


 昨日の夕方、西宮警察署で、喜多川のPC画面でDNA鑑定の結果を見た。その事実は伏せ、舞の推論として、優子に語った。


「佐伯隆介氏の年齢から逆算すると、学生時代に誕生したお子さんが、北島楓さんです」


 優子が背筋を伸ばした。いつもの怜悧な顔付きに戻っている。


「佐伯夫妻が結婚する際、特に問題はなかったわ。隆介さん本人も、実子があった事実は、知らなかったと思うの。でも、事実が何であれ、隆介さんの実子なのに、北島さんは名乗れなかった。桐花の存在を知り、困らせたかったのでしょうね」


 舞は、優子の話を聞きながら、リュックに手を伸ばす。身体の動きが楽になっていた。座り位置を少しずらすと、プライベート用のスマホを取り出した。優子に断ってから、メールをチェックする。昨日の二十時台に、荒垣からメールが来ていた。パスワード付きのPDFデータが添付されている。素早く一読すると、優子の顔を見た。


「錦城先生は、サナトリウム病院で一部の富裕層患者を、極秘で診ていました。その中に、桐花さんも含まれていました。桐花さんを錦城先生に紹介したのは、北島さんです」


 優子の表情が変わる。舞の顔を見て、続きを促した。


「北島さんは、尼宝女子大の薬学部を卒業してからも、恩師を訪ねていました。三回生になった桐花さんも、同じ恩師のゼミに入っています。北島さんは、佐伯姓の桐花さんに、興味を示したのでしょう。一年ほど掛けて、桐花さんに少しずつ、近付いたと思われます」


 夜間の見回りだろうか? 廊下から微かな物音が聴こえる。


「桐花さんは、四回生の十二月からサナトリウム病院に通っています。尼宝女子大では、その年の十月に遺伝子検査の実習が行われていました。担当教員は、北島さんの恩師です。この実習を機に、桐花さんの精神状態が不安定になったようです」


 頭が冴えて来たからか、舞の身体の怠さも抜けて来た。舞は、話し続けた。


「錦城先生の極秘カルテによると、桐花さんは、戸籍上の両親と血縁ではない事実に、ショックを受けていたようです。桐花さん自身が、実習の応用を行なったのか、他者から知らされたのかは、分かりませんが」


 何かを閃いたのか、優子が妖艶な笑みを浮かべた。


「私が解けなかった疑問も、繋がって来たわ。北島さんが、佐伯家に復讐するには、絶好な機会だった訳ね。四年前なら、錦城先生が新薬の臨床準備を始めた時期だし、桐花は実験台にされたのね」


「サナトリウム病院での極秘カルテは、公にされていません。警察にも、浮浪者殺人事件の被疑者と以前から面識のある事実は、伏せていたと思われます」

 と舞が、付け足した。


「錦城先生が、桐花の精神分析を他の医師に担当させなかった理由が、分かったわ。北島さんが妙にオドオドしていた様子も。きっと錦城先生に、なじられていたのでしょう。本人も、仕掛けておきながら、副作用の甚大さに、行き場を失くしたのね」


 舞は頷きながら、ふと、過去の光景が甦った。荒垣が食中りで入院中、舞は角倉と荒垣の吐瀉物の分析を行った。その際、北島楓が甜茶の分析結果を知らせに来た。


――角倉先生は、北島さんの真の姿に気付いていたのか?


 舞の脳裏に疑問が浮ぶ。楓が実習室を去る際、角倉が切ない視線で見詰めていた。


 錦城を亡き者にしたのも、荒垣の甜茶を掏り替えたのも、楓だ。錦城を亡き者にする絡繰りも、おおむね見当が付いている。だが、その考察は、後回しだ。


 舞は、膝に掛けていた毛布を払いのけた。優子が、驚いた様子で、舞を見る。


「まだ動いてはいけません! どうしたのよ、急に!」


「角倉先生は大丈夫でしょうか? 思い違いかもしれませんが、角倉先生が、切ない表情で北島さんを見詰めていた場面を思い出したので……」


 三秒ほど、優子が目を瞑って、首を微かに傾げた。思い当たる節があるのか、目を見開いた。舞の顔を見て、大きく首肯すると、スマホを取り出した。

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