終章 09 囚われの身?

 何時間ぐらい眠っていたのだろう? 目を覚ますと、舞は、辺りを見回した。天井の高い、スタイリッシュな内装だ。まだ、思考は、ぼんやりとしている。そっと起き上がると、頭がクラクラとした。間接照明の薄明かりが、見える。


 デッキ・チェアの背凭れを倒して、女性が眠っていた。毛布を掛けているので、服装は見えない。舞の気配を感じたのか、女性も目を覚ました。起き上がると、両足を床に下ろし、舞の顔を見た。女性は、優子だった。ラフな服装だが、上質な白いニットを着ていた。


 舞は、目だけを動かして、再度、室内を見回した。壁時計を見ると、一時過ぎだった。


 優子が、立ち上がり、ベッドに近付いた。優し気な笑みを浮かべている。


「昨日の仕事帰り、タクシーを拾って、西宮のデパートに寄ろうと思ってね。西宮警察署の前の道を過ぎて、一つ目か二つ目の信号で、車内から舞さんを見かけたのよ。ちょうど、赤信号だったから、『乗って行く?』と、声を掛けようと思ったら、急に舞さんが倒れたから、ビックリしたのよ」と、優子が語る。


 頭をフル回転させて、夕方の出来事を反芻する。だが、思うように頭が回らない。


「私は、一人だったのでしょうか?」と、舞は訊ねる。


「誰かと一緒だった記憶があるの? 相当、疲れているのかしら?」


 優子の心配そうな表情に、嘘はないように思えた。


「ここは、優子先生のお住まいですか?」


 優子が、笑みを漏らす。


「芦屋医大のVIP用個室よ。緊急用に、常に二部屋は空いているから、内々に入れてもらったのよ」


 室内は、高級ホテルのセミ・スイートぐらいの広さだ。調度品も洗練されていた。


「ただの貧血だったのでしょうか?」


 舞の記憶が、蘇って来た。日付が変わったので、昨日となる。十八時過ぎに、西宮警察署を出てから、佐伯隆介の娘に、声を掛けられた。だが、優子の話では、舞は一人だった。


 喜多川のパソコン画面から得た情報では、優子の重大な秘密も載っていた。優子の疑念が深まったのも、事実だ。今は、セキュリティの厳しいVIP用の個室に、入院している状態だ。大学側は、教授である優子に、信頼を寄せている。付き添いで個室に入った優子を、疑う者はいないだろう。


 以前、荒垣から、「知り過ぎると命を狙われる」と、指摘された。医師の手に掛かれば、舞を急死させるぐらい朝飯前だろう。舞は、不安さが顔に出ないよう、表情を引き締めた。脚の筋肉が、こわばったままだった。


 今の状況を考えると、優子と佐伯隆介の娘は、共犯者なのか?


 昨日の夕方、喜多川のPC画面から得た情報は、正しいだろう。被疑者の桐花は、優子の夫の忘れ形見だった。桐花を通して、優子と佐伯隆介の娘は、ある意味、血縁のない親族だ。お互いに事実を承知していたら、手を組むだろうか?


――あり得ない。


 偶然を装って、優子が舞を尾行し、救ってくれた可能性は?


――あり得るかもしれない。


 優子への疑念が高まったものの、舞は、優子への信頼を、拭い去れなかった。


 優子は、ベッド脇にある丸椅子に腰を掛けた。その左には、点滴スタンドがある。舞が見上げると、点滴は既に空になっていた。脚の筋肉に力が入らないのは、点滴に何らかの薬剤が仕込まれたとも、考えられる。だが、舞は、優子への疑念ではなく、信頼に懸けてみようと、決断した。


 優子が、再び、優し気な笑みを浮かべて、舞の顔を覗き込んだ。


「舞さんが、浮浪者殺人事件の第一発見者とは、奇妙な縁ね。まぁ、いつかは事実を明かさないと、と思っていた矢先の事件でね。あなたなら、もう、謎を突き止めたのでしょう」


 舞は、ゆっくりと首肯し、「私の推測を、お話したいのですが」と、言った。


 優子の眼差しが、真剣になる。だが、いつもの三白眼ではなかった。挑戦的ではないと、舞は判断した。

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