幼馴染

待ち合わせまであと20分。間に合うか。「ごめん!5分くらい遅れるかも」と高速でメールを送る。そして僕がいつも使ってる髪ゴムが無いことに絶望し、再び「やっぱり10分遅れる」とメールする。高速で身支度を終え、家を出る直前に発見した黒い髪ゴムで肩まで伸びた黒髪を軽く結い上げる。駅までダッシュしたおかげで、汗だくだが幸いにも電車に間に合うことができた。えらいぞ僕。普段運動なんてしないけど僕だってやる時はやるんだ。あれ…家の鍵閉めたっけな。スマホ…はかばんの中に入れたはず。ゴソゴソと1人で頭の中の確認事項にチェックを入れていたら、すぐに目的地である渋谷に着いた。電車を降りるやいなや人でごった返していて、祭りのような状態になっている。人混みが苦手な僕は、どこかに避難したいと思ったものの退路がない。四方八方に人がいて、こんな人の海を掻き分けて進む人が勇者にしか見えない。どうやってそのスキルを身につけたんだ。そもそも身体の細い僕にははなから無理か。

(土曜日で休日だからかなぁ、こんなに人がいたら誰か分からないよ…どうしよう、ただでさえ待ち合わせに遅れてるっていうのに。)

人混みに流され少し背伸びをして辺りを見回していると、がしっと勢いよく腕を掴まれた。一瞬ビクッとしたものの、すぐに誰か分かった。

「なーーーぎっ!久しぶり!」

友の声を聞いた瞬間、安堵感が爆発しそうだったということは語るまでもない。


僕たちは駅から少し離れたカフェに入った。このカフェは彼女の、しおりのお気に入りの場所だ。入店するやいなやコーヒー豆の香ばしい香りと、おしゃれな洋曲が出迎えてくれた。僕の前に座った茶髪ショートの女性。彼女は大崎しおりという。しおりは同じ大学に通う友人で、小学生の頃から知っている。僕にとって唯一の、いわゆる幼馴染というやつだ。友達が少ない僕だけど、しおりはいつも相談相手になってくれた。今でも休日にあってお茶をする事もあれば、大学について相談する時もあるほど仲が良く、僕にとって大切な友達だ。

「最近また大学来てないけど大丈夫?ちゃんとってる?」

「食べてる食べてる。一昨日おとといなんか知り合いが持ってきたでっかいスイカを2人で食べきったんだよ。しおりは心配性なんだから。」

「スイカなんてゼロカロリーよ。凪はもっとエネルギッシュなやつ食べないとだめ。カツ丼的なやつ。そうじゃなきゃ倒れちゃう。」

笑い合いながら近況報告など様々な話に花を咲かせていく。

「そういえば最近壱也いちやくんとはどうなの?しおりにべた惚れだったよね。」

しおりは待ってましたとばかりに目の前に運ばれてきていたコーヒーをぐびっと飲み込んで言った。

「んもぉ〜〜〜あの人ったら今だにあたしにべた惚れね!今日は早く帰ってきてよーとか、ハグしてよーとか日々のおねだりがすごいわよ。」

「あははは!それは逆に大変だねぇ。まぁ犬系彼氏はしおりの得意分野でしょう?」

それはそう、とすんなり言ってのけるしおりがすごい。いいな、彼女には自信があって。きっと人生楽しいだろう。色々な人と関わって、たくさんの人から愛されて。僕は自分が頼んだアイスティーをちびちび飲みながら木製テーブルの模様を眺めていた。


「今日は久々に楽しかった!ありがとう凪!」

「僕の方こそありがとう。」

夏の太陽は沈むのが遅い。もう6時だというのに辺りはまだ明るい。都心は眠らない街ばかりだというが、渋谷もこれからが見せ所といったところか。太陽と共に生きる者もいれば、夜の月夜に照らされて生きる者もいる。街ゆく人と目が合うたびに、人はそれぞれの人生を歩んでいるのだと改めて思う。

「良かった、あんたの元気そうな顔がみれて。あたしてっきり…凪がまだ照輝てるきのことで悩んでるのかとばかり思ってた。」

「…悩んでないとは言えないさ。ただ、最近友達ができてね。黎くんっていう子なんだけど、僕の絵に興味があるみたいですぐ懐いてくれて…」

そこまで話し、一気に照輝のことがフラッシュバックする。窓際に倒れていた友。鳴り響く救急車のサイレン。病室で伝えられた友の死。忘れようとしても忘れられない。いつも僕の後ろを付き纏うように僕の頭の中から出ていってくれない。友を思い出すたびにあの光景が目の前に広がる。周りが、何も見えなくなる。

「凪?大丈夫?」

急に静かになった僕を心配して、しおりが顔を覗き込んでくる。

「彼も…黎くんも、…照輝みたいになったり、しないよね…?」

緊張や悲しみ、焦りや憎しみ。そんな単純な感情で表せたならどんなに良いか。僕の心に渦巻き、根を張るのは赤黒いナニカ。自分を責める感情か?友の死に対する感情?それとも……

「そんなわけないでしょ。」

顔を上げるとしおりと目が合った。こわい顔をしているけど、強い目をしていた。まっすぐに僕を見ている。僕以外の何も見ていないという目で力強く肩を掴まれた。

「照輝もあんたを見てるの。あんたがそんなんじゃ、照輝も次に進めないのよ。」

次。ああ、またあの言葉か。繰り返される友の言葉は、僕の頭を重くしていった。

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