先生って呼んでいいですか。

たっぷりと絵を見させてもらってようやく俺は自分の家に帰った。

「僕はなぎ。東京の大学生なんだけど、最近は全然行ってなくて絵ばっかり描いてるんだ。またいつでも来てね。」

「俺は朝日黎朝日れいです。今日は本当にありがとうございました。」

青年の家を出る直前の会話を思い出し、本当に優しい人だったなと思う。いつから絵を描いているんだろう。あの家には1人で住んでいるのかな。でも確かあの家…

「れーーーーーい!夜ご飯食べるよ!」

自部屋の真下から響く母さんの甲高い声が容赦ようしゃなく思考を真っ二つに切り裂く。今日は体育祭もあって、あの絵にも出会って、晩ご飯は俺の大好物のハンバーグで、色々な事が起こった1日だった。


その日をきっかけに、俺はほぼ毎日あの絵を見かけるようになった。さすがにまたおじゃまさせてもらうのは申し訳ないと思う一方で、またあの人と絵のことを話したいという思いが強くなった。青年も俺を見かけると満面の笑みで話しかけてくるものだから、自然と週に1回程度家にあがらせてもらうようになった。初めて俺達が出会ってから1ヶ月ほどしたその日、俺は再び下校中に凪さん宅に訪れていた。

「凪さんって大学生っていうより先生って感じ。俺とあんまり年の差もないのに大人っぽいっていうか。あ、中身の話ね?見た目は高校生くらいに見える。」

「もう、とってつけたように言わないでよ。」

わざとらしく頬を膨らます仕草が様になっていて面白い。「先生」という言葉が似合う人なんてどんな人かと思われるかもしれない。でも実際そうなのだ。この人は「先生」という言葉の型に余白なくぴったりとはまるような人なのだ。学校の先生にしてもテレビに出る教授のような先生にしても色々な先生がいる。一般的に、何かを専門的に扱うような人物を先生と呼ぶのかもしれないが、俺にとって凪さんは人生の先輩としての先生なのかもしれない。俺自身、何故唐突にそのような事を思ったのか分からないが、この人と接していく内に自然とそう思われた。そして、いつ頃か俺が勝手に凪さんを「先生」と呼び始めても相手は決して怪訝そうにしなかった。むしろ、凪さん自身も初めて出会う自分の称号にはまりきっているようにみえた。まるで、右も左も分からない初めての演劇会で、自分に与えられた役を一生懸命演じるかのように。


俺は凪先生と話すようになってから明るくなったらしい。学校で周りの友達やクラスメイトから、

「黎、なんか最近良いことあった?」

「前より元気だよな!」

「朝日!お前、もしかして彼女か!?俺達を置いていかないでくれよぉ。」

などと言われるようになった。ちなみに俺は年がら年中彼女なしだ。顔はいいとよく言われるのだが、友達によると「なんか話しかけづらい」らしい。もともと俺は人付き合いが得意ではなく、性格も気が強かったりする。最近は性格も丸くなってきたと言われることもあるが、自分も今は彼女を作りたいとは思わない。いつか運命の人が、なんてロマンスは持ち合わせていないがタイミングは大切だと思う。俺は俺に何事も正直でありたい。

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