あの日、異世界にて

岸亜里沙

あの日、異世界にて

僕の脳内に存在する記憶は曖昧だ。

人間として生きていたのが、前世の記憶なのか、それとも夢で見たものなのか。僕には判別出来ない。


特殊魔法である『デウスの訓示』を持ち合わせる僕は、この聖域ヘブンズ・エングルの「神」として君臨くんりんさせられ、苦悩の日々に身をゆだねている。

『デウスの訓示』がチート魔法と称されるが故、半強制的にヘブンズ・エングルの「神」の任務をになう宿命を持ち合わせていたのだが、この世界の住人である天使人エングルたちは争いしか好まない。


最初は秩序を保つ為に、争い事をした者に罰を与えたが、それでも尚、争いは絶えず。

いつしかこの世界の全員が、争いと滅亡を繰り返すようになり、僕は統治を諦めた。

神殿アプロバウンスで、沈まぬ太陽の下、物思いにふける日々。

争いを止めさせる術さえ、僕のチート魔法を持ってしても力不足のようだ。ただただ無力感にさいなまれる。

全知全能の「神」として崇められている僕だが、最近では「神」は置き物か飾りと化してしまったのか、天使人エングルたちは僕への祈りをする事も忘れてしまったよう。


僕は早くこの「神」の任務を誰かに譲りたかったが、『デウスの訓示』、若しくは双璧そうへきを成す『森羅万象の教示』の魔法を覚えた者が、ここ数百万年の間、誕生していない。

これら神格魔法と呼ばれる魔法は、突然変異の賜物たまものであり、こればかりは自然の成り行きにすべて任せる他なかった。


浅葱色あさぎいろの王座に腰掛け、淡いクリーム色の空を見上げていると、たった一人の神官であるマノが僕に近づいてきてひざまずく。


「神様、第34セクターのコロニーが、第97セクターとの争いにより、消滅しました」


「またか」


僕はため息をつく。

ここ400年の間に67ものコロニーが消滅した。このままではヘブンズ・エングル自体が消滅しかねない。

しかし有効な手立てが思い浮かばないのも事実だ。


「なあマノ、この世界から争いを無くすには、どうしたら良いかアイデアはあるか?この世界では、今や君だけが唯一の聖人族だ」

僕はマノにたずねる。


「神様、この世界に昼と夜をつくるのはどうでしょう?天使人エングルたちも、大人しくなるのではないでしょうか?」


僕は目をつむりながら首を振る。


「いや、それは逆効果だったよ。君が此処ここに来る数万年前に、一度試してみたが、何故か天使人エングルたちが、より攻撃的になっただけだった」


「そうだったのですね。睡眠という行為を促す事で、争いもしずまるかと思ったのですが」


「僕が天使人エングルたちに与えた、個性とも言うべき『自由異司じゆういし』によって、争いの遺伝子だけが継承され、混沌こんとんとした世界になってしまった・・・」


僕は目をつむったまま、独り言のように呟く。

マノはひざまずいたまま、僕の顔を見ているのが、透視能力で分かる。


「では神様、このヘブンズ・エングルを一度リセットするのは、如何いかがでしょう?」


その言葉に驚き、僕は目を開けてマノの方を見た。


「リセット?それはどういう事だ?」


「やはりこの世界のすべてを、もう一度ゼロからつくり上げた方が宜しいかと。神様には、その権利と、力がございます。争いばかりの天使人エングルではなく、知性と教養に溢れた天使人エングルたちの楽園を、創造しましょう」


「そうする事は簡単だ。だが、それではヘブンズ・エングルは発展しない。都合が悪くなればリセット、また都合が悪くなればリセット。それでは単なるゲームと同じだ。僕は破壊の呪文も使えるが、そんな事はしたくない。・・・いや、待ってくれ・・・」


その瞬間、僕に新たな発想が降ってきた。

僕の記憶の中に眠る人間としての生き様を、もう一度体験してみてはどうだろうかと。

人間たちは争いを繰り返したが、その度に這い上がり、発展をしていったはず。

このヘブンズ・エングルを変える手掛かりが、人間世界にあるのかもしれない。


「マノ、私は人間世界に行ってくる」


その言葉に面食らったのか、マノは大きな目を更に見開き僕を見る。


「神様、何故そのような無謀な事を?人間は危険な生き物です」


「もしかしたら人間世界にヒントがあるかもしれない。僕の記憶の中に眠る微かな直感が、そう訴えている。心配するな。たった60年程留守にするだけだ。その間、僕の権限を君に預ける」


「・・・分かりました。くれぐれもお気をつけて」


マノはさみしそうに呟く。


「では行ってくる」


そう言って僕はマノの肩を抱いた。

そして人間世界への転送呪文『異世界時空転移いせかいじくうてんい』を唱え、僕は人間世界へと旅立った。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「それじゃあ、転校生を紹介するぞ。今日からこのクラスに入る事になった、神村かみむら神治しんじ君だ。みんな仲良くしてやってくれ」


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あの日、異世界にて 岸亜里沙 @kishiarisa

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