第9話
「夏凪、何かやりたいことない?」
白紙の『人生ノート』を見た蓮斗はそう言った。
「うーん……お花見、したかったな」
「お花見?」
「うん、満開の桜、見たかった」
「四月末だともう咲いてないよな…いや、でも叶えよう」
蓮斗はノートに「夏凪の手作りサンドイッチを食べながらお花見!」と書いた。
「ねえこれ蓮斗のやりたいことじゃん」
「これはもはや全男子の夢」
「私もうサンドイッチ作れるほど器用じゃないよ」
「俺も一緒に作るから、お願い!」
「え〜仕方ないな〜」
「やったー!」
やりたいことが決まれば、ページの頭に書いていく。私はもう自由に歩き回れる体じゃないし、病院から出るのも一苦労だった。だから、蓮斗は病室で出来るように先生たちから許可をもらって、サンドイッチ作りも、お花見も計画してくれた。
「夏凪〜! おはよう!」
四月二十九日。普通なら桜はもう散っているけれど、彼は今日、私の病室に桜を咲かせるという。
「桜はちょっとまってね、まずはサンドイッチ作りから」
彼は大きな荷物をがさごそとまさぐる。中からサンドイッチ用のパンと、いくつかのタッパーを取り出す。
「今日作るのは、たまごサンドでーす!」
私の前に紙皿と、二枚のパンを置くと、彼は私にスプーンを渡した。タッパーを開くと、大量のタルタルソースが入っていた。
「これ、蓮斗が作ったの?」
「そう。あ、安心して。ねーちゃんと作ったから。味は完璧!」
「じゃあ、たっぷりのせようかな〜」
意気込んだ私は、タルタルソースにスプーンを突き刺すと思いっきりスプーンを持ち上げた。すると、下手に加わった力のせいで、タルタルソースは明後日の方向に飛び散った。
「あ、ごめん、やらかした…」
床についたタルタルソースを拭こうと、ベッドから身を乗り出して手を伸ばすとバランスを崩してベッドから落ちかけた。咄嗟に蓮斗は私を支える。
「あっぶな〜俺が拭くからいいよ、夏凪に怪我されたら困る」
「ごめん、ありがと…」
ウェットティッシュで床を拭く蓮斗をただ見ているだけの自分に嫌気が差す。今までは特に何もして来なかったから気づかなかった。もう自分一人じゃ何も出来ないってことに。
「ごめん、ごめん、手伝ってあげればよかった」
蓮斗はスプーンを握る私の右手を、ぎゅっと掴んだ。
「ちょっと支えるだけで大丈夫だから」
一人で寝られると強がる子供のように私が言うと、蓮斗は少しだけ手を緩めてくれた。なんとかたまごサンドが完成すると、いよいよお花見の時間だ。
「準備するから、目瞑ってて」と言われ、私は目を瞑った。何やらばたばたと音が聞こえ、たまに「やばい」という静かな声が聞こえてくる。十分近く目を瞑ってウトウトし始めた頃、「いいよ!」という声がしてパッと目を開ける。
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